自己紹介
俺のアリスとしての学園生活の第一歩は文字通り躓いてしまった。
「帰りたい……」
今俺は廊下で担任の佐伯先生に呼ばれるのを待っている、いわゆる出番待ちの状態だ。
転校初日は職員室に登校して、担任と一緒に教室の前まで来てから、ホームルームのときに呼ばれて教室に入る段取りとなっているらしい。
父さんの工作の結果なのかはわからないけど、無事俺は優奈と同じクラスになった。
教室内はざわめいている。転校生が来るという話は既に広がっているのだろう……願わくば今朝のことが広がっていませんように。
「それじゃあ、如月妹入ってこい」
教室から俺の事を呼ぶ佐伯先生の声がして俺は教室に入る。
ドアを開けると一瞬の沈黙の後、教室は爆発したような喧騒に包まれた。
聞き取れた内容は、外人さんだとか、銀髪だとか、髪の毛が綺麗とか、小さいとか、かわいいとか、合法ロリだとか、一部微妙なものもあるが基本的に褒められているようでくすぐったい。
教室は男女問わずで大盛り上がりをしている。
「お前ら静まれー! 気持ちは解るが如月妹がひいてるぞー!」
佐伯先生がそう諌めると生徒たちの騒ぎはようやく収まりをみせて、俺は教室の中に踏み入れた。クラス中の視線が俺の一挙一動に注目しているのがわかる。
転校初日にこれ以上失敗したくない。
緊張するなぁ……
真っ直ぐ歩いて教壇に登り、クラスメイトに背を向けて黒板に向かいチョークを手に取った。手を伸ばして黒板の上の方に書こうとしたが、真ん中くらいまでしか届かない。
背伸びしているかわいい、なんてひそひそ声が聞こえてくる。
縦書きは諦めて、黒板の中ほどに横書きで『如月アリス』と書き記した。
振り返って教卓の後ろに立つと胸元まで隠れてしまったのて、横に立ち直す。両手をスカートの前に揃えて、クラスメイトに向き直り背筋を伸ばした。
右手の奥、教室の端に小さく手を振る優奈の姿が目に入って少し安心した。
深々と礼をしてから、挨拶の言葉を口にする。
「この度転入することになりました如月アリスと申します。皆さんのクラスメイトとして一緒に勉強をさせて頂くことになりました。同じクラスの優奈とは義理の姉妹になります。日本には3ヶ月前にやって来たばかりで不慣れなことも多いですが、よろしくお願いします」
一気に挨拶を終えて深々と礼をすると、怒涛のような歓声が上がった。
こちらこそよろしくだとか、かわいいだとか、抱きしめたいとか、結婚してくれとか。
さっきも思ったが随分ノリの良いクラスのようだ……個人的にこういう雰囲気は嫌いじゃない。
「質問、質問!」
男子の一人がこちらにアピールをしている。奥に座った佐伯先生の様子を窺ってみると、別段何も言わない風だったので、どうやらこのまま質問タイムにしてしまっても良いらしい。
「そちらの方どうそ」
「彼氏はいますか!」
ありがちな質問だ。
「いませんし、作るつもりもありません」
ばっさりとした返答に男子生徒は落胆したようだが、気にしない。下手に気を持たれても困るし。
続けて手が上がるので、順番に指していく。
「外国の方なんですか?」
と、女子生徒。
「はい、東欧の小さな国で生まれました。日本人の血が四分の一入っているクォーターになります」
「日本語が上手ですがどこで?」
と、男子生徒。
「現地の日本人学校で学びました」
「はいっ! 如月さんと義理の姉妹ってどういうことですか?」
と、女子生徒。この質問は、ややプライベートなことだから全体での質問のときには来ないかとも思ってたが渡りに船だ。
「半年前に私の両親が事故で亡くなって天涯孤独の身になって困っていたところ、以前より家族ぐるみで親しくしていただいてた優奈のお父様が私のことを養女として引き取ってくださいまして、私は優奈と姉妹になったんです……申し訳ありませんが、両親のことを思い出すので、生まれた国のことはなるべく触れないで頂けると助かります」
なるべく暗くならないように、あっさりと設定の身の上を話す。
くだんの国には単身赴任中の父さんを訪ねて何度か行ったことがあるくらいで、詳しく聞かれると設定にボロが出る危険が大きかった。そのため、生まれの国のことを触れられないようにこんな話をすることにしたのだ。
効果は抜群で、盛り上がりを見せていた教室は水を打ったかのようにしんとしてしまった。ドン引きである。
中でも質問した女生徒の落ち込みっぷりは深刻で、見ていて非常に申し訳なく思う。なにせ、今俺が言ったことは全部嘘八百の作り話なのだ。
「ご、ごめんなさい、ボク知らなくて……」
「気にしないでください、私は今新しい家族と幸せに暮らしています。念願だった日本の学校にも通えるようになりました。みなさんも気兼ねなく接してもらえたらありがたいです」
手を胸元に当てるジェスチャーをして、少し大げさに話す。そして、おどけるようにガッツポーズなんてしてみせた。
再びクラスがどっと沸く。
感動したとか、なんて健気なのとか、俺のことお兄ちゃんと呼んでとか、私もお姉ちゃんにとか、多少やり過ぎた感もあるけど、気まずい雰囲気を変えることができてよかった。
そんなふうに一息ついたとき、丁度ホームルームの終了を告げるチャイムが鳴った。
「それじゃあ、みんな如月妹のことよろしく頼むな。席は取り敢えず如月姉の横に用意したから、そちらを使うように」
こっちこっちと優奈が俺に手を振っている……そんなにしなくても解るってば。
こうして、俺の二度目の高校生活はスタートしたのだった。




