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異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた  作者: 瀬戸こうへい
第一章 日常への帰還

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葬儀(その2)

 参列者が座布団を並べて整然と座っている中、住職が上げるお経の音が居間に響いている。

 まだ若いのにとか、高校入ってすぐなのにとか、幾人を惜しむ声や啜り泣くような音がして、俺は何とも言えない気持ちになる。


『俺はここにいるんだけどな……』


 俺は心のなかで愚痴のような気持ちを零す。

 普通葬儀にあるはずの棺はここには無い。

 俺の肉体は異世界の魔王城で土手っ腹に大穴が空いた状態で朽ちているはずだ。

 そして、心はアリスとしてここに居る。


『イクトさん……大丈夫ですか?』


『んー正直ちょっと堪えてる。憐れまれるのもしんどいし、皆を騙している罪悪感もあるから……』


『イクトさんとして生きることができない以上、必要なことなんでしょうけど……自分自身の葬儀に参加するのって複雑な心境ですよね……』


『それが全部自分の不始末でやらかした結果だと思うと余計に、ね』


『あまりそういうふうに卑下しないでください。自分勝手な言い分だとは思いますけど、事故があったから、わたしはイクトさんに出会うことができたんです。イクトさんが水に囚われて意識を手放した状態だったから、わたしの祈り(転移魔法)がイクトさんに届いたのですから』


 ……そうだったのか。


『イクトさんによってわたし達の世界は救われました。そのことを忘れないでください……その、イクトさんやご家族の皆様にとっては迷惑だったと思いますけれど』


『……そっか。そう考えると俺の失敗も結果オーライだったのかもな』


 それで、アリシアと出会えたというのなら。

 ここ一年間ずっと隣にいて俺を支え続けてくれた少女。異世界でいろいろ辛かったこともあったけど、今になってふと思い出すのは彼女との思い出ばかりだ。

 日本に帰ってきてからも寂しさや心細さをほとんど感じなかったのは彼女が居てくれたからだ。


 そう考えると随分と気持ちが楽になってきた。

 迷惑を掛けたという罪悪感は消えないし消してはいけないことだけれど……だけど、もし俺が過去に戻ることができたとしても俺は同じ選択を繰り返すと言い切れる。


 相変わらず続くお経をBGMにそんなことを考えていると、焼香の香炉が回ってきた。

 俺はそれを受け取って、自分の前に置く。

 部屋に立ち込めている特徴的な香の臭いが一段と濃く漂う。

 作法は他の人がしているのを見て憶えた。


 俺は身を正し、両手を合わせて祈り頭を下げる。


 16年間共に生きてきた自分イクト

 今までありがとう――そして、さようなら


 俺は右手の手前3本の指で抹香をつまむと、顔の高さまで掲げて祈り、指をこすって香炉に落とした。

 香ははらはらと香炉に落ちていく。


 ぽたぽたと水滴が落ちる。視界がぼんやりと霞がかったようになっていた。

 悲しいことなんて何もない。だけど、何故だか涙が止まらなかった。


   ※ ※ ※


 式が終わり住職が帰ると、祭壇は居間に移されて、リビングには長机が置かれて折り詰めの料理が並べられた。

 故人の思い出を話して送り出すための食事会が始まる。田舎の家にとって冠婚葬祭は、普段遠方に住んでいる親戚縁者が集まって近況を報告しあう貴重な機会でもあった。


 今回は年若い幾人おれが亡くなったということで、全体的にしんみりとした雰囲気となっている。

 新しく家族の一員となった俺は、もてなす側として優奈と一緒にビールを運んだりお酌をしたり親戚の人達と話をしたりしていたのだが、ある程度落ち着いた頃を見計らって、俺達は客間に休憩がてら移動することにした。


 客間には先客が一人居た。

 葬式の間は数は多くないとは言え近所の人が来て線香を上げていくので、人がいること自体は意外ではない。


 その人物は俺達が見知った相手だった。

 ウェーブの掛かった髪をポニーテールにして平山高校うちの制服を着た大人びた印象のある少女。神代かみしろ翡翠ひすい、蒼汰の双子の妹で、俺とは同級生になる。近所の神社に住んでいて、俺達は家族ぐるみの付き合いをしていた。小中高と一緒の学校で俺達兄妹4人で子供の頃からよく一緒に行動を共にしてきた仲だった。

 そんな彼女は、俺の写真が飾られた祭壇の前でボロボロと涙をこぼしていた。


「……幾人ぉ……なんで……ひっく、うぐ……」


 正座をして固く握りしめられた両手の甲に、こぼれ落ちるままに流れる雫。そんな彼女の様子に、俺は言葉を失ってしまう。


翡翠姉ひすいねえ……」


 優奈が声を声を掛けたことでこちらに気づいたらしく、翡翠は顔を上げてこちらを向く。


「……優奈ちゃん」


 視線の先に優奈を見つけた翡翠は少しだけ表情を柔らかくするが、隣に居る俺の姿を目に止めた瞬間表情がこわばった。


「……嘘」


 見知らぬ相手が出てきて驚いたのだろう。翡翠は目を見開いて俺の姿を見て固まっている。大人びて見られることの多い翡翠だったが、その実は結構人見知りが激しい。


「初めまして翡翠さん……私は如月アリスと申します」


「翡翠姉、この娘はパパが外国でお世話になった人の娘さんで、訳あって私の妹としてうちで引き取ることになったの」


「……あなた……誰……?」


 ……? 俺の名前が聞こえなかったのかな。


「如月アリス、優奈お姉ちゃんの妹になります。よろしくお願いします、翡翠さん」


「……なんで? そんな……」


 翡翠は口元を押さえて立ち上がり、まるで幽霊でも見るような表情で俺を見ている。顔は青ざめてふらふらと足元は覚束ない。


「――大丈夫か、翡翠?」


「……っ……!!」


 翡翠は小さく悲鳴のような声をあげると、入り口の俺達に当たりながら脇を駆け抜けて、玄関に向けて走り去っていった。


「翡翠……いったい、どうしたんだろ……?」


「翡翠姉はお兄ちゃんが居なくなってすごく落ち込んでいたからね……だから、葬式になって感情が爆発しちゃったんじゃないかな……?」


「……そうか」


 いつか彼女にも本当のことを話せる日がくるといいのだけど……。

 彼女の表情を思い出して、俺は苦い気持ちを噛み締めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「――大丈夫か、翡翠?」 って、やはり良く知ってる人にはバレる流れかな。 マイペースな主人公だから自分を消せないんだね 異世界の存在や実験体の危険より、情で動くタイプだ。 基本的にはかつての…
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