葬儀(その1)
日本に戻って半月ほど経ったある日、俺は葬儀に参列していた。
他でもない俺自身の葬式である。
とはいえ、行方不明となっている如月幾人が法律上死亡扱いされるには後六年待たないといけないようで、この葬儀は世間に対して我が家は幾人を死亡したものとして扱うと宣言する、区切りのために行うセレモニーとなる。
フェリーから転落して丸一年以上経っているのだ、とっくに亡くなっていると考えるのが普通だろう。だが、俺の家族は僅かな生存の可能性に縋って葬式はあげないままにしてあった。そして、俺が現れたことでその可能性も消えた。
葬儀は自宅で行い、基本的に身内だけを呼ぶひっそりとしたものになった。
片付けられたリビングには花で飾られた祭壇が据えられていて、その中心には去年高校の入学式に撮った物を加工した俺の写真が飾られている。
写真の中の俺は生真面目そうな仏頂面をしていて、こんな風に飾られることを不服に思っているようにも見えた。
「この度はご愁傷様です」
見覚えがあるが名前を思い出せない親戚のおばさんが俺に話しかけてくる。
「……恐れ入ります」
「貴女が手紙に書いてあったアリスさんね。幾男さんから聞いているわ」
今回の葬式に際して親戚縁者に送った手紙には、幾人が亡くなったことと、海外で身寄りを亡くした知人の娘であるアリスを我が家で引き取る旨の報告が書いてある。
今回の葬式の目的の一つとして、アリスを親戚たちにお披露目することがあった。
「初めまして、如月アリスと申します。この度は義父様と義母様に如月家の養女としてお迎えいただきました。どうぞお見知り置きくださいませ」
「あらまあ、日本語が上手ねぇ……それにお人形さんみたいに綺麗。あなたもいろいろと大変だったんですってね……」
「はい……ですが、義父様にお情けを頂きまして、ここに居場所を頂くこととなりました。私は幸せ者です」
「小さいのにしっかりとした娘さんね……こうやって、幾人さんのことを受け入れることができるようになったのは、あなたのお陰なのかもしれないわね」
事実その通りではあるのだが、おばさんが考えていることとは内容は異なっているだろう。
俺は曖昧に微笑んで回答を濁した。
「おばさん、お久しぶりです」
廊下から顔を出した優奈がおばさんに挨拶をする。
「あら、優奈ちゃん。お久しぶりー随分と女らしくなって」
「ありがとうございます。おばさんも相変わらず綺麗で、憧れます」
優奈は自然に俺の側に近寄ってきて、俺の手を取って繋ぐ。
「あらあら、こんなおばちゃんをおだてちゃって……それにしてもそうやって並んでると本当の姉妹のようね」
「あたしアリスのこと本当の妹のように思っているんです! ……初めて会ったときから他人のような気がしなくて」
「お姉ちゃん……」
ここぞとばかりに仲の良さをアピールする優奈。
幾人が亡くなりアリスを引き取ったことで、家庭内がぎくしゃくしているなんて噂が親戚に広まらないようにすることは重要なことだった。
俺と優奈はお揃いの格好で揃えている。黒い半袖のプリンセスラインのワンピースにくるぶし丈の白の靴下。俺たちが姉妹であることを強調して印象付けることが狙いで、どうやらそれは成功しているようだ。
……同じデザインの服装なのに優奈は清楚なお嬢様に見えて、俺は背伸びして大人ぶってる子供にしか見えなかったのは少し悲しい。
ちなみに俺が帰宅した日以降、優奈は髪を髪を染め直すことは無く黒髪のままにしている。俺と並んだときに黒と白で映えることが気にいったらしい。
そのうちに母さんがやってきておばさんと話しだしたので、俺たちはリビングから出た。廊下に居た俺が見たのは意外な人物だった。
「佐伯先生……」
それは去年俺のクラスの担任をしていた佐伯先生だった。今年は優奈のクラス担任になっているという話を聞いている。
三十くらいの若い独身の男子教師で、頼れる兄のような印象を受ける快活な先生だった。だけど今日の先生の様子は普段の様子から想像できないような意気消沈とした姿だった。
「……? 俺のことを知ってるのかい」
「そ、その……お姉ちゃんに聞いて……」
優奈が俺の後ろから顔を出して挨拶をする。
「こんにちは、先生。彼女はあたしの妹なんです」
「おう、如月か……すまない、お前の兄を死なせてしまったのは担任の俺の監督不行届だ」
「先生、この件は何度も話したじゃないですか。修学旅行の事故は兄自身の不注意によるもので、先生に責任は無いって……」
熱心で真面目だった先生は、修学旅行中に起こった事故に責任を感じて何度もうちに謝りに来てくれたらしい。今回の事故は全くもって俺の不注意だというのに、全くもって申し訳ない限りだ。
「本当に先生は気にしないでください。彼は自分の意思で展望デッキに行き不注意で足を踏み外したんです。先生が謝る必要なんてありません……ごめんなさい」
不自然な行為だったとわかっているけれど、それでも俺は先生に謝らずには居られなかった。
先生は、俺の軽はずみな行動で多大な迷惑を掛けてしまった一人だからだ。
今まで見たことも無く血のつながりがあるように思えない妹にいきなり謝られた先生は何を思っただろう。
どう返したらいいのか困っているの様子がひしひしと伝わってくる。
「この娘はアリスっていってあたしの義理の妹になったんです。二学期からうちの学校に転入したいと考えているので、そのときは妹のこともよろしくお願いしますね」
見かねた優奈が助け舟を出してくれた。
「……そ、そうか……そうなったら、何でも頼ってくれて構わないからな」
先生は首元に手を当てながら多少バツの悪そうにそう言うと、俺達とすれ違ってリビングに入っていった。
冷ややかな視線で優奈が俺に肘打ちをしてくる。何やってんの、という無言の抗議が聞こえてくる。
「私のしたことでいろんな人に迷惑かけちゃってるんだね……」
「そんなの当たり前でしょ……しっかりと反省なさいよね」
……先生、本当にごめんなさい。




