◇はじめての…
車通りが多く歩行者の少ない郊外の幹線道路を、俺は自宅に向けて歩く。
アリシアの着ていたワンピースタイプの法衣は下半身がスースーしてとても心もとない。
初めて車を目撃したアリシアは、魔獣かなにかと勘違いして警戒していたが、こちらで普通に使われる馬車のような乗り物だと説明すると感心した声を漏らしていた。
それにしても、茂みから突然魔獣に襲われたりとか、物陰から野盗に狙われたりとか警戒しなくてすむのはとても気が楽だった。異世界を経験して実感する、治安の良い日本の素晴らしさ。
『……ところでイクトさん』
『どうした、アリシア?』
俺は道中、声に出さずに頭の中でアリシアに話しかける方法を習得していた。
アリシアにこの世界のことを説明しながら歩いていたら、すれ違う人にすごく奇異な視線で見られたのがきっかけで、なんとかならないか試行錯誤した結果である。
独り言を呟きながら歩く危ない人扱いされて通報されるところだった。
――ただでさえ非常に目立ってしまっているのに。
『その……さっきから道行く人が皆イクトさんを見ているようなのですが……』
『こっちではアリシアの髪色は珍しいし、巫女の法衣も珍しいからね』
アリシアから指摘されるまでもなく気づいていた問題だ。
まあ、こればかりはいかんともしがたい。
「……視線が痛い」
道行く人はほとんど全員が足を止めて俺を見る。
なにせ、今の俺はどうみても日本人には見えない銀髪ロリ美少女。しかも、格好は装飾が入った白い法衣に身長ほどある世界樹の杖だ。気合いの入りまくったゲームキャラのコスプレにしか見えないだろう。
そんな俺が、地方都市の郊外に突然に現れたのだ。何かのイベントか映画の撮影か訝しげに思わない方が不思議なくらいだ。
何人か興味本位で話しかけてくる人はいたが、黙って首をかしげて日本語が通じない風を装うと諦めてくれたので実害はない。
後は通報されないことを祈るばかりである。俺は身分を証明できるものなんて何も持っていないのだ。
『あの……イクトさん……』
だが、そんなことよりも、差し迫った問題がひとつあった。
感覚を共有しているらしいアリシアが戸惑いがちに声を掛けてくる。
『……ああ、わかってる』
――おしっこがしたい。
ただそれだけのことなのだが、今の俺にとっては高すぎるハードルを乗り越える必要があった。
身体が伝えてくる感覚には、もうあまり余裕がない。
俺は覚悟を決めて道の向こうに見えるコンビニの入り口のドアをくぐった。
「いらっしゃいま……」
店員が入店した俺にマニュアル通りに挨拶しようとして言葉を失っていた。
……というか店全体が凍りついているような気がする。
俺はいたたまれない気持ちになりながら、すました顔でまっすぐにトイレに向かった。
「……ふぅ」
思わずため息が出る。
個室に入り周囲の視線から解放されて、俺はようやく一息つくことができた。
ほっと、身体を弛緩させた瞬間――最大級の波が下腹部に押し寄せてきた。俺は身体を引き攣らせる。
「ひ、ひゃぁ!!?」
『だ……だめぇ……』
身体の奥から漏れ出ようとするそれを、慌てて両手で下腹部を押さえて留める。
手放した世界樹の杖が個室の床に倒れて軽い音を立てた。
そのまま涙目になりながら歯を食いしばって耐える。
力を入れる場所が違っていて、いつもと勝手が違う感覚に戸惑いを禁じ得ない。
……先走りが数滴溢れて、下着が生温かく濡れていくのがわかる。だけど、なんとか本流の決壊は堪えることができた。
『イクトさんっ……早くっ!』
もはや猶予がないのは明白だった。
――だけど、どうすればいいんだ!?
『アリシア、代わってしてもらうのはやっぱりダメなのか……?』
『無理です、その体はイクトさんの物なんです。わたしは意識を共有しているだけで、体を動かすことは出来ません!』
『そんな……でも、アリシアはそれでいいの?』
『いいも悪いもないです! 今はもうイクトさんの体なんですから……それよりも早くっ!?』
もう、悠長に話し合っている余裕は無い。
『アリシアごめんっ……!』
俺は覚悟を決めて法衣を捲り上げた。
法衣の下は白のニーソックスにガーターベルト、そして、股間の部分が少し染みになってしまっている白い紐のパンツ。アリシアの白い肌と合わせて全部まっしろといった印象で、正直、年齢=彼女居ない歴の俺には刺激の強すぎる眺めだった。
『これ、どうすれば脱げるんだ!?』
『下着の両サイドの紐を引いてくださいっ!』
『わ、わかった!』
アリシアの助言にしたがって、俺は腰を手でまさぐって紐の結び目を探す。それはすぐに見つかって、俺はなんとか左右の紐をほどいて下着を外すことができた。
一瞬真っ白や肌の色が目にはいるが、それどころでは無い。
俺は法衣を捲り上げて便器に腰を下ろした。
身体に入っていた力を抜くだけで、溜まっていたものが排出されていくのが解る。水音が個室に響いて、俺は開放感と安堵で身体を弛緩させ、大きく息を吐いた。
俺の手には先程解いた紐のパンツが握られている。その股間にあたる部分は楕円形に染みが出来てしまっていて、見てはいけないものを見てしまったかのような、何とも言えない背徳感が込み上げてくる。
これからどうなっちゃうんだろう、俺……
おしっこが終わって、トイレから出るのもまた一苦労だった。
筒が無い分、体から排出された液体で太ももまで濡れてしまっていた。
女性は用を足した後は拭いて綺麗にしなければいけないというのは知っていたが、実際に自分がそこに触れるというのはとても恐れ多い行為だった。
『そ、その……奇麗にしてもらっていいですか?』
なんとか冷静に振る舞おうとしているアリシアに促されて、俺はトイレットペーパーを重ねて手に取ってそこに触れた。
「――ひゃぃ!」
電気が流れたかのような感覚に思わず変な声が出た。
俺はひたすら意識しないように、汚れた箇所を拭き取る事に専念する。
ようやく一息ついたのも束の間、次は少し濡れてしまったアリシアのパンツを乾かさなければいけなかった。アリシアのそこに直接触れていた部分を拭き上げるという行為はとても背徳的で、俺はただ無心でトイレットペーパーを動かすのだった。
それが終わっても、今度はほどいたパンツの紐を上手く結び直すことができなくて四苦八苦させられた。
――何とか全てを終えて個室から出た俺は、精神的に消耗しきってしまっていた。
洗面台で手を洗って、俺はそのまま逃げるようにコンビニから出て行く。
個人的にはトイレだけ利用して何も買わずに出て行くというのは多少気が引ける行為なのだが、なにせ今の俺は無一文なのでどうしようもない。
「あ、ありがとござっしたー」
店員の声を背に受けてコンビニから退店する。
日差しが眩しく感じる……気を取り直して家路を急ごう。
……早く人の視線がないところに行きたい。