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異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた  作者: 瀬戸こうへい
第一章 日常への帰還

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父親

 自宅に帰ってきた俺は、購入した余所行きの服から部屋着である黒のスパッツと黄色のワンピースに着替えた。それから、車酔いを覚ますためにベッドにダイブしてしばらくうつ伏せのまま横になる。気がついたらそのまま寝ていた。


 目が覚めた俺がリビングに降りると、母さんが晩御飯の準備をしていた。

 特に声を掛けることもなく、俺はリビングのソファーに体を投げ出して座ると、さっき購入した不思議の国のアリスの文庫を開いた。


 喋る白うさぎを追いかけて不思議の国に迷い込んだアリスは、身体が大きくなったり小さくなったりしながらへんてこな世界を冒険して、最後は夢から覚めて現実に帰る――不思議の国のアリスは大雑把に言うとそんな物語だった。


『不思議なお話ですね……』


 不思議の国のアリスの独特な世界観や登場人物たちは子供心に強く印象に残っていて、今でもあらすじを諳んじれるくらいには何度も読み込んだ話だった。


「荒唐無稽で理不尽な世界観だけど、なんだか楽しくて。現実に戻るのがなんだか寂しくなるような、そんな魅力がアリスにはあると思うんだ」


『……わかる気がします。わたしは今日初めて読んだお話ですけど、なんだか懐かしいような不思議な気持ちになりましたから』


「異世界生まれのアリシアもそう思う話なんだねぇ……」


 名作ってすごい。

 昨日も思ったけれど、読んだ作品の感想をすぐに話し合えるのっていいなぁ……

 優奈も自分が興味を持ったものには一緒に付き合ってくれるけど、結構気まぐれだし。


 そんなことを考えてると玄関の方で物音がした。

 俺はもしかしてと、立ち上がって玄関に向かうと、そこには予想通りの人物が居た。

 長身でガタイの良い体に少しくたびれたスーツ姿、その姿は俺の記憶にあるものと相違ない――俺の父親である如月幾男だった。


「父さん!」


 俺は父さんに駆け寄る。

 俺の姿を見た父さんは一瞬ぎょっとして、


「……もしかして幾人か?」


 と俺に問う。


「そうだよ、お帰りなさい父さん」


「ただいま――お前も良く帰ってきたな。しかし、母さんから話は聞いていたが、随分小さくなったなぁ、お前……」


 そう言って父さんは腰をかがめて、俺の頭をやや乱暴に撫でまわす。

 まるでちいさな子供扱いだ。


 ……本当は父さんよりも身長が高くなってたはずなんだけどなぁ


 俺が父さんの身長を超えたのは高校に入ってすぐのことで、その頃父さんは海外で長期出張に出ていた。

 だから、次会ったときにはそのことを報告しようと密かに楽しみにしていたのだけど、その機会は訪れることなく、俺は小さな女の子の体になってしまった。


「あなた、お帰りなさい」


「パパお帰り!」


 玄関に母さんと優奈がやってきた。


「おう、ただいま。二人共変わりなく……優奈は大分育ったか?」


「えへへ、そうでしょ!」


 両腕を腰に当てて、胸を張って答える優奈。育った成果が強調されている。


「……父さん、それセクハラだから。優奈も応えないの」


「これくらい軽い親子のスキンシップじゃないか」


「あたしもこれくらい別に気にしないけど……」


 俺はため息をついた。俺は間違ってない……と思う。


『イクトさん、わたしも挨拶していいですか』


 アリシアが俺に訪ねる。


『了解』


 俺は念話の送り先に父さんを加えた。


『はじめまして、お父様』


 念話でアリシアが挨拶をする。

 俺は意識をアリシアの動作のイメージに合わせるようにして動き、父さんに向き直る。


『わたしはアリシアと申します。ご子息であるイクトさんには大変お世話になりました。わたくし達の事情でイクトさんのご家族には多大な迷惑と心配をお掛けしてしまったと思います。申し訳ありませんでした』


 アリシアは、丁寧に頭を下げる。


「いえ、貴女によってうちの息子が無事に帰ってくることができたと聞いております。そのことに感謝はすれど、謝罪を受けるような謂れはありません。私は幾人の父親の如月幾男です。息子共々よろしくお願いします」


 あまり家族の前で見せない真摯な態度で父さんはそう言うと、頭を下げた。


『こちらこそ、よろしくお願いします』


「……とまあ、固い挨拶はこれくらいにして。アリシアちゃんでいいかな?」


『あ、はいっ!』


「これまでの経緯は母さんに聞いてる。幾人のためにいろいろありがとうな、よろしく」


 と、父さんは普段通りの顔に戻ってアリシアに手を差し出す。

 若干戸惑いながらその手をにぎるアリシア。その手はゴツゴツとして大きい――父さんの手だ。


「それじゃあ、玄関で立ち話もなんだしリビングに移動しましょうか。紅茶入れますね」


 母さんに言われて俺たちはリビングに移動する。

 父さんは一度部屋に戻って荷物を片付けてくるとのことだったので、俺と優奈はダイニングテーブルに腰を下ろして待つ。

 母さんは、その間に全員分の紅茶を用意してくれていた。


 父さんがやってきて、家族が揃うと挨拶もなくお茶会がはじまる。

 テーブル中央に纏めて置かれた個包装されたチョコレートに手を伸ばして口に放る。懐かしい甘さに舌を打ってるとアリシアの声が聴こえてくる。


『何ですかこれ、すごく美味しい! 口の中で甘いのがとろーってなって……はぅ……幸せです』


『これはチョコレートっていうお菓子よ。気に入った?』


『はいっ! 甘いのは大好きです!』


 アリシアの味覚に引き摺られているのか、俺も以前より甘い物が美味しく感じる気がする。

 そんなことを考えながら、もう一個チョコレートの包みを手に取った。


 父さんは何やら難しい顔をして俺達を見ていた。


『あー、あー。テス、テス……ふむ、どうやらできたみたいだな』


 父さんはどうやら念話に興味があるらしい。


『これが念話というやつか。話には聞いていたが実に興味深い。幾人、これの有効範囲はどれくらいなんだ?』


『普通だと半径5mくらいかなぁ……ただ、見えている相手に思考を飛ばすのだったら20mくらいまでは届かすことができるよ』


『ふむ、指向性を持たせることも可能か……ますます興味深いな』


『こうやって紅茶を飲んでいてもお話できるのが便利だよね!』


『ああ、そうだな』


『……優奈、食事中のお話はほどほどにね。あまり行儀良くないわよ』


『……はぁい』


 優奈は肩をすくめる。

 しばらくはそんな感じで雑談をして過ごした。


「……さてと。それじゃあ、今後の話をしようか」


 紅茶を飲んでお茶会が一息ついた頃、父さんは俺に向き直って口を開いた。


「幾人、お前の選択肢はふたつある――如月幾人として生きるか、それとも全く別人として生きるか、だ」


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