3月
桜が咲いていた。
視界を覆い隠すほどの桜が。
「うわぁ……すごいです……」
大量に桜が植えられた河川敷は、地元では有名な花見の名所となっている。
視界を下げるとレジャーシートが所狭しと敷き詰められて、人々が花見を楽しんでいた。
「えっと……多分、このあたりに居るはずなんだけど……」
キョロキョロと見回すと、俺は探していた人を発見した。
その人物――優奈は、俺たちに向かって両手を挙げて大きく手を振っている。
少し恥ずかしかったが、この場所ではそこまで目立ってはいない。
目立つと言えば、俺とアリシアの方が周囲からよほど注目を集めていた。
俺とアリシアが並んでいると、どこにいても目立つのは今更だ。
それに、銀髪に臼桃色のワンピースを着たアリシアは桜の妖精と勘違いしてしまうくらい幻想的で綺麗だから仕方ない。
……いや、まあ、自分も同じ格好なのだけれど。
この服は母さんが買ってくれたお揃いの服だ。
「おつかれー」
レジャーシートを何枚か広げて確保された空間には、両親と優奈。
そしてアリサさんが座っていた。
先月の誕生日パーティから、アリサさんは我が家に顔を出したり放課後一緒に遊びに行ったりするようになっていた。
なお、常にアリシアの方から声を掛けているらしい。
「今日は来てくれてありがとうございます!」
顔に喜びの感情を出しながら、アリシアはアリサさんの隣に腰を下ろす。
……アリシアさん、ちょっと近すぎじゃないです?
女同士とはいえ複雑な気持ちになる。
アリサさんはアリシアの姉妹だと聞いたから、そういうのじゃないと思うのだけど。
自分が妹に手を出しているだけになんとも複雑な気分になる。
いや、エッチするくらいなら別にいいけど。
俺たちの貞操概念は二人一緒だった頃のいろいろがあった結果、同性間では割とぐだぐだになってしまっている。
俺やアリシアどちらか他の人とエッチすることは無いけれど、俺とアリシアと一緒での三人でなら、そういった経験は何度かある。
だから、アリシアがアリサさんと三人でしたいと言うのなら、それほど抵抗はない。
アリサさんは翡翠に似てスタイルの良い凄い美人さんだ。
ただ、翡翠と違って、あまりそういう気持ちで見れない。
遺伝子的な影響があるのかもしれない。
アリシアの姉妹なら、この体とも血が繋がっている事になるのだろうし。
「――アリスはどう思いますか?」
「えっと……ごめん、聞いてなかった」
「アリサさんとエイモックのことです!」
アリシアから事のあらましを聞く。
どうやら、アリサさんはエイモックのところでお世話になっているらしい。
いつか訪れた薄暗いお店の気怠げなお姉さんのことが脳裏に思い浮かんだ。
もしや、アリサさんも――?
けど、アリサさんは大人の女性だ。
他人の人付き合いに口出しするのはどうなのだろう。
エイモックが相手というのはどうかと思うけど。
いや、家族なら失礼ではない……のか?
「アリスからも何か言ってください!」
「わ、私に言われても……」
俺はアリサさんと体はともかく心は他人なのだ。
俺はあいつのことは好きではないが、そこまで憎い訳でもない。
それに、魂転移を教えて貰ったときの借りがそのままなので、あまり強く出られないのだ。
「ああ見えて案外世話焼きなのよ、あの人。ただ、存在が22禁くらいだから、あなたたちは関わらない方がいいわね」
「そんな相手とアリサが関わってることが心配なんです!」
「ほんと、アリシアは過保護なんだから……」
そこまで言うのは失礼じゃないかとも思ったけど、アリサさんは困ってはいるものの満更でもなさそうな顔をしていた。
というかいつの間に呼び捨てする関係に……大丈夫だよね、アリシア!?
「そんなことより、今は桜を見ましょう。ほら、こんなに綺麗なのに勿体ない」
「……そうですね」
そう言ってアリシアは一端矛を収めることにしたようだ。
みんなで頭上を見上げる。
視界が桜色に染まった。
「こんなに綺麗だなんて初めて知りました……去年はゆっくり桜を見ることは適いませんでしたから」
「そういえば、アリシアは初めてのお花見だったね」
去年は、アリシアが今の体になって、戸籍や住民票のあれこれとか健康診断やら転入手続きやらでバタバタしているうちに、お花見シーズンが終わってしまっていた。
「花も綺麗だけど、お弁当も張り切って作ってきてるんだから、食べてよねー」
そう言いながら、優奈が両手に持った紙コップを手渡して来た。
「ありがとう」
「優奈、ありがとうございます」
紙コップに口をつける。コーラの爽やかな炭酸が喉を潤した。
レジャーシートに視線を下ろすと、そこには重箱いくつも並べられていて、壮観な眺めだった。
「これは……すごいですね」
「母さんと一緒に頑張って作ったんだから」
「優奈ありがとう」
俺は重箱の側に腰を下ろして、どれから食べようか物色し始める。
「んー、おいひい……」
と、唐揚げを頬張って食べるアリサさん。
続いて手に持った枡をくいっと傾ける。
日本酒? なのだろうか。
良い飲みっぷりだ。
「ぷはぁ……幸せ……」
その姿には最初の頃のミステリアスな雰囲気は感じられなかった。
まるで、親戚のお姉さんのような身近さである。
それが、自分たちを親しく感じてくれている証左のように思えて嬉しかった。
後、赤らんだ頬がほのかに色っぽい。
「……むぅ」
気がついたら、じと目のアリシアが俺を見て膨れていた。
「な、なんで!?」
アリシアはあれだけくっついてたのに理不尽だ。
「アリサを見る目がちょっとエッチでした」
「そ、そんなこと……」
思ってないんだけどなぁ……
呆気にとられていると、アリシアはクスッと笑う。
半分冗談だったのだろう。
安心した俺は重箱に意識を移した。
それからしばらく食事をしながら談笑する。
両親に俺と優奈。それから、アリシアとアリサさん。
まるで本当の家族みたいな距離感が心地よくて、不思議な感覚。
「おつかれさまー」
しばらく談笑していると、涼花を伴って蒼汰と翡翠がやってきた。
女性二人がお洒落に着飾っているのに対して、ラフな普段着そのままの蒼汰の落差が酷い。
「よぉ! ……って、なんだその微妙な表情」
「いや、お前は変わらないなぁ……って思ってさ」
「なんだよ、それ」
俺もこの体になっていなかったらそっち側だったと思うので、改めて変わってしまったと実感させられる。
けど、蒼汰にはそのままでいてほしい。
「それにしても、寂しくなるなぁ……」
「そうだなぁ」
蒼汰は高校を卒業して、春から神職を目指すため遠方の大学に進学する。
対する俺は春から高校3年生なので、蒼汰に一歩、いやそれ以上先を行かれた気分である。
「たまには、ネット対戦で遊んでくれよな」
ここ一年は蒼汰が受験であまり一緒に遊ぶ機会が少なくなっていたから。
「今度はお前が受験生だろ」
「……実はまだ受験生っていう実感がわかなくて」
「おいおい、大丈夫か?」
「……多分」
実のところ、まだ何かをしたいというのが自分の中に無かった。
とりあえず、大学に進学しようかと思っているけど……
「アリスたちは私と一緒にキャンパスライフを過ごすのよねー?」
「おぅ!?」
後ろから翡翠が俺に抱きついてきた。
彼女は実家から市内の大学に通うことになっている。
そして、俺がアリシアと二人で行こうとしているのもそこの大学だった。
「ちょっと、翡翠さん! アリスから離れて下さい!」
「なによぉ……合格祝いに、ちょっとくらいいいじゃない」
「ダメです! アリスはわたしのですから!」
「ふん……言うようになったわね」
翡翠がようやく離れてくれた。
香水の良い匂いだったな……ドキドキさせられて心臓に悪い。
「ちょ……!? 翡翠さん!?」
と思ったら、今度はアリシアに抱きついていた、あらら。
「お揃いで素敵なワンピースね。アリシアもかわいいわよ」
「ちょ!? はーなーしーてーくーだーさーいー!?」
桜の下に百合の花が咲き誇る。
こういう花見も悪くないな、うん。
すこし騒がしいくらいが心地よい。
「相変わらず賑やかですわねぇ」
そう言って隣に座ってきたのは涼花だった。
彼女も卒業して春からは大学生になる。
「えっと、涼花は県外だっけ?」
「そうですわ――大学に行きますの」
涼花が進学する学校の場所を聞いて既視感があった。
「えっとそれって……?」
「はい……蒼汰さんが通われる学校の近くにあります」
涼花は顔を赤らめてそう答えた。
告白して振られた後でも、まだ蒼汰のことを想い続けているらしい。
聞くと実家の両親を説得して嫁ぐ覚悟もしているらしいと聞いて本気具合を感じた。
大学4年間、こんな美人に通い妻なんてされたら、落とされるだろうなぁ……
多分一年も持たないんじゃないか?
うん、お幸せにどうぞ。
賑やかな花見の中で、ふと考える。
俺は将来何になるのだろう?
みんなはもうそれぞれの道を歩き出している。
けど、俺は何もやりたいことを思いついていない。
わかっているのはアリシアと一緒の道を歩きたいということだけ。
「どうしました? アリス」
そんな俺の様子に気付いたアリシアが問いかけてきた。
「将来何をするのかなーって迷ってて。アリシアはどうしたい?」
「そうですねぇ……子供が欲しいです」
「なっ!?」
俺たちは女同士で子供を作ることができる。
具体的に言うと、股間にアレを生やすことができた。
アリシアが今の体になったときに、何故かそういう魔法を使えるようになっていたのだ。
「親子という存在に憧れがあるんです……といっても、わたしとアリスとでは難しいでしょうけど」
俺とアリシアは外見はほぼ瓜二つ。
けど、全く同じ遺伝子という訳ではなく親子くらいは違っているらしい。
つまり、二人の遺伝子は非常に近いのである。
それは、二人の子供は障害を抱えるリスクが高くなると言うことだった。
「優奈さんに種を貰って二人で一緒に産みませんか? 優奈はイクトさんと近いですし、お父様とお母様の血も残すことができます」
ええと……それは……?
「大学に通いながら出産して、子供に手が掛からなくなったら二人で小さなお店をやりたいです。本屋さん、パン屋さん、喫茶店、お花屋さん……具体的には決めてませんが、どれも楽しそうだと思いませんか?」
思ったよりも具体的な話が出てきた。
アリシアと二人のお店。そして、二人の子供。
想像してみたら、とても楽しそうに思えた。
「お父様とお母様、それから優奈に相談して、妊娠出産の許可はいただいてます。よかったら、検討してみて下さい」
家族への根回しまで済んでいた。
流石はアリシアと言うべきか……正直、少し恐ろしいくらいだ。
妹の優奈が父親に……?
うーん、これが蒼汰とか男相手だったら絶対に嫌だったけど、優奈とならそれほど抵抗はないというか、今もときどき三人でしてるからなぁ……
両親はどんな風に考えてるんだろう。
近親相姦になるんだけど……まあ、優奈としてるのはバレてるのだろう。
遺伝子的には異なるし、親的には問題無いのだろうか。
今度聞いてみるか。
「将来は置いておいて、今はみんなで過ごすこの時間を楽しみませんか?」
「そうだね」
部活で日々一緒だったこのメンバーで集まるのは今後難しくなる。
春になってそれぞれが新しい道を進むのだから。
今はかけがえのないこの瞬間を楽しもう。
満開の桜の下で。




