1月
年末年始は蒼汰の実家の神社で巫女のアルバイト。
今年はアリシアと二人でお手伝いすることになった。
双子の銀髪巫女ということで、去年よりも大きい反響が一部であったらしい。
なんか御利益がありそうっていうのはわからないでもない。
だからといって千キロ単位離れたところから、わざわざ参拝しに来たという話を聞いたときはマジかと思ったけど。
年末年始の慌ただしさも落ち着いて、もうすぐ学校が始まるある日のこと。
「魔力の流れを感じるんです」
そうアリシアが俺に告げた。
魔力の無いこの世界で魔力の流れを感じることは普通ではない。
二人でその原因を探る為に魔力の流れを追っていくと、異世界から帰ってきた海水浴場に行き着いた。
「遅かったではないか」
「エイモック!?」
その海水浴場には因縁の相手が居た。
以前この地で異世界へのゲートを開こうとしていた張本人、エイモック。
そして、この男の背後の空中には先日同様に空間の歪みが発生していた。
「この門はあなたの仕業ですか!?」
俺たちはその存在を認識した瞬間、臨戦態勢で身構える。
「お前は――水の巫女か。話には聞いていたが、よもや本当に魂の分離を実現するとはな」
「答えろ、エイモック!」
「そう声を荒げるな。我にできる筈がなかろう。契約魔法をかけたのはお前たちではないか」
「じゃあ、お前はなんでここにいるんだ!」
「魔力の流れを感じて様子を見に来ただけだ。お前たちも同じようなものだろう?」
「……そうだ」
「では、好きにするがいい。我はお前たちに干渉するつもりはない」
「お前に言われなくても、そうするさ」
エイモックを警戒しながら、空間の歪みに近づいて確認する。
一年以上前のクリスマスに開いた異世界へのゲート。それが再び開きかかっているようだった。
「……アリシア、どうしようか?」
俺はアリシアに聞く。上空3メートル程にある空間が歪んでぼやけており、そこから魔力が微かに漏れ出ていた。
「……今直ぐこの歪みを補正するのは難しいですね」
理由は俺にもわかった。
魔力が足りないのだ。
去年歪みを修復したときは異世界と繋がっていたので、祝福で魔力は使い放題だった。
逆に言うと接続さえ完了すれば修復は可能になる。
「かといって、開くまで放置するのもちょっと嫌ですね……」
門が復活した理由はわからない。
前回消したのが消しきれなかったのだと思うが、あちらの世界からの干渉の可能性もある。
世界が接続されたら異世界からの軍勢が日本に侵略してくる――なんて可能性もありうるのだ。
まぁ、魔王軍は壊滅させたし、魔王によってインフラがぼろぼろになっていた人類が一、二年で異世界に外征するなんてことは考えにくいけど。
「なんとかできそうなやつに心当たりがある」
「……え?」
エイモックの話に俺たちは困惑する。
「ちょっとまって。どういうこと? 俺たち以外に魔法の知識がある人がいるのか?」
「そうだ」
何だ、その怪しさしかない奴は。
そもそも、この世界で魔法に関わりのある人間なんてこの3人以外いないはずだ。
エイモックが魔法の事を洩らしたのか?
魔法を世に出すことの危険性について忠告したというのに……
いや、それにしたって、俺たちができない魔法をできるという道理がわからない。
「お前達の知己だと聞いていたが……まぁ、呼んだ方が早いだろう」
そう言ってエイモックはスマホを取り出して慣れた様子で液晶をタップする。そして耳元に。
「我だ……ああ、どうせお前も気づいているのだろう? 世界の歪みの件だ……場所はわかるか? そうか。何分くらいで来られそうか? ……わかった」
エイモックは通話を切ってジャケットのポケットにスマホをしまう。
「20分以内に到着するはずだ……ん? どうした?」
「……いや、スマホを使うお前の姿に違和感があって」
「スマホくらい、お前だって使うだろう?」
「いや、それはそうなんだけど……」
「我と連絡先を交換したいのか?」
「それは――」
「結構です! アリス、こんな人の連絡先なんて知らなくていいです」
回答に迷っていたらアリシアが割って入って拒否された。
正直、アリシア以外で魔法関係の相談ができる唯一の相手なので連絡先くらいは知っておきたかったけど……今日のところは諦めよう。
「水の巫女よ。まだあちらでのしがらみを引き摺っているのか?」
「わたしは単純にあなたの自身のことを胡散臭いと思っているだけです」
アリシアの警戒心はマックスだった。
人類を裏切り続けた闇の司祭というのは、神に仕えるアリシアにとって忌避感が強いのだろう。
アリシアを宥めつつ空間の歪みを調べていると、その人はやってきた――年期が入っていそうな軽トラに乗って。
どんな人が出てくるのだろうと身構えていると、中から出てきたのは意外にも妙齢の女性だった。
そして、俺は彼女のことを知っていた。
出会ったのは一度きり。ほんの数分程度の邂逅。
でも忘れない。忘れるはずがない。
「アリサさん!?」
アリシアのことを救ってくれた恩人。
初めて会ったときは魔法使い然とした格好とは全く異なるOL風のスーツ姿だけど、間違いなく彼女だった。
改めてとても綺麗な人だと思う。それだけに、乗ってきた軽トラとのギャップが半端ない。
「あれ、アリス? なんであなたが。それに――」
軽トラから颯爽と降りてきた彼女は戸惑っているみたいだ。
俺たちが居ることは想定外だったのだろう。
「アリ、サ……?」
そして、アリサさんと初対面となるアリシアは立ち尽くしていた。
「わたし、あなたのこと……思い出せない? どうして? 記憶の中を探っても出てこない。こんなこと……」
まるで記憶喪失にでもなったみたいに頭を押さえて狼狽えるアリシア。
「私たちは初対面で間違いないですよ、アリシア?」
アリサさんがそう言っても、素直にそれを受け入れることはできないと頭を振るアリシア。
「いえ、そんなことは……でも……」
混乱するアリシアに少し寂しそうに微笑んでから。
「私は……アリサです。はじめまして」
アリサさんはアリシアに右手を差し出した。
「……はじめまして、如月アリシアです」
アリシアはアリサさんと握手しながら、ぎこちなく自己紹介をする。
「アリサさんとは本当にはじめてお会いしたのでしょうか?」
「ええ、そうよ」
それでもアリシアは納得できていないようだった。
「なら、どうして、アリサさんはわたしを助けてくれたのですか?」
「偶然居合わせたから、かな?」
「たまたまで、見知らぬ相手の命を助けてくれたというのですか?」
「私にとってあなたは見知らぬ相手じゃないんだ。ずっと昔だけど、あなたのことを知る機会があったから」
「あなたはいったい……?」
「それはちょっと言えないな――申し訳ないけど」
「いえ……命を救われた側のわたしが何も言えるわけがないです。すみません、ありがとうございます」
アリシアは引き下がる。
確かに助けられた側が助けた理由を問い詰めて良い理由は無い。
「あなたは私の命の恩人です……ずっと、お礼を言いたかったんです」
アリシアは祈るように胸の前で手を重ねて握る。
「……アリシアは今幸せ?」
「ええ……ええっ! わたしは幸せです! 毎日が夢のようで」
「そう……良かった。本当に」
アリサさんはそう言って薄く笑った。
それは、家族を見守るように慈しみに溢れた表情で。
そういえばアリシアは物心がつく前から孤児院で育てられたと聞いている。
本人が知らない血縁が居たとしても不思議ではない、そう思った。
言われてみるとアリサさんは、どことなくアリシアと似ているところがある気もする。
「事情はわからんが、アリサ。お前を呼んだ件について話してもいいか?」
「ああ、ごめん。エイモック」
空気を読んで控えていたエイモックがアリサさんに声をかけてきた。
やたらと砕けた口調である。アリサさんと親しいのだろうか?
「お前ならこのゲートを何とかできるか?」
「ええ、できるわよ?」
「そうか。それじゃあ、さっさと片付けてくれ」
「あら……? いいの」
「こんなものあっても余計なトラブルを生むだけだからな。我は際限なく人の欲が溢れるこの世界で生きていくと決めた。余計な横槍は入れさせぬ。それが、たとえ神であってもだ」
「わかったわ」
「えっと……なんとかなるのですか?」
「ええ。世界を移動する魔法は6種の属性から外れた理である時空魔法の領域になるの。そして、私は時空魔法を極めた空前絶後の大魔道士。だから、祝福が無くてもこれくらい余裕よ」
「時空魔法……転移魔法は無属性と思ってましたが、そんな属性があったなんて」
「神知らずの魔法だからね。祝福を得られるわけじゃないし、私以外だれも研究はできないでしょうね」
会話をしながら詠唱を紡ぐアリサさん。
以前俺も門を封印したことがあるが、そのときに使った術式と比べて段違いに洗練されていることがわかる。
やっぱりこの人はすごい。
圧倒されているうちに術式の構築が終わって魔法が発動する。
空中にぼうっと浮かび上がる緑色に輝く幾何学模様の魔法陣。
芸術品を見ているかのような美しい術式に見惚れてしまう。
やがて、空中の歪みは修復された。
「これで大丈夫」
すっかり空間は元通りになっていた。
襖に空いた穴に上からペタペタ紙を貼り付けたのが俺が去年した修復なら、襖の穴自体を消去して襖を再生したのがアリサさんの術式だった。
これで、もう異世界への穴が開くことはないだろう。
「それじゃあ、私は行くけど」
「帰るのなら、我も乗せていけ」
「おーけー」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「ん?」
「お礼! お礼をさせて下さい!」
「ごめんなさい、気持ちは嬉しいけど、この後予定が入ってるの」
アリサさんはにべもなく軽トラに乗り込もうとする。
「じゃあ、連絡先! 連絡先を教えてください!」
「それは……」
アリサさんは、少し困っているようだった。
嫌ではなさそうなんだけど、本当、どんな事情があるのだろう。
「お願いします!」
頭を下げて懇願するアリシア。
「けど、私は……」
「わたし、アリサさんとこのまま別れたら、一生後悔するってわかるんです! だから……」
俺はあっけにとられていた。
アリシアがここまで執着することなんて滅多に無かったから。
何が彼女にそうさせるのか。
命の恩人だけでは説明がつかないような気がする。
「……アリシアにそんな顔されたら、断れないわね」
「それじゃあ?」
「連絡先交換しましょ?」
「ありがとうございます!」
アリサさんは仕方ないといった風で、でもどこか嬉しそうにスマホを差し出した。
「……ほんと、一度言い出したら頑固なのは変わらないのね」
「……?」
「ううん、なんでもないわ」




