12月
「イクトさん、クリスマスイブは二人でデートがしたいです」
12月になったある日のこと、ベッドに二人で横になって、さてこれから寝ようかというときにアリシアが俺にそう告げた。
「いいね、そうしようか」
恋人の提案を断る理由はない。
「イルミネーションを見たいんです。駅前の」
なにやらクリスマスイブの夜に特別なイルミネーションが実施されるらしい。
アリシアはそういうの見たこと無いだろうし、良い機会だろう。
「それに、今年のクリスマスプレゼントはお揃いのアクセサリを贈りあいたいです」
アリシアは左手をかざす。その薬指には去年クリスマスプレゼントとして用意したシルバーのリングがはまっていた。
その手の甲に俺の左手を重ねる。俺の左手の薬指には寸分違わず同じリングが輝いていた。
学校に行くときを除いて、ずっと着けている指輪だ。
「どんなのがいいかな?」
指輪の他に常用しているのは、今年の温泉旅行で買ったネックレス。
去年の温泉旅行のときに買った腕に嵌めるリングはあまり普段使いには向いていないのでもっぱら部屋に飾ってある。
「それを決めるのがクリスマスデートの目的です」
それは、とても楽しそうだ。
想像するだけで心が躍る。
その日から子供のようにクリスマスイブの日を指折り数えて過ごした。
そして、当日。
先に出かけたアリシアと、駅前の商店街の入り口でお昼前に合流することになっている。
アリシアはかなり早い時間に出たらしく、目が覚めたらもう家を出ていた。
寝ぼけ眼のまま軽めにシリアルを食べて、洗面所で洗顔とスキンケアを終わらせた。
部屋に戻って少し考える。
クリスマスデートだから気合いを入れるのは確定として、問題は方向性だ。
客観的に見て今の私に似合うのは女の子らしい可愛い系の服で、持っている服もそれらが一番多い。
体型が同じアリシアと服を共用している関係で、服の種類は優奈よりも多いくらいだ。
それらの服を着るのに躊躇することはもう無いけれど、ちょっと今日は別の方向で行きたいと思っている。
裾が広めになっている黒のパンツに、グレーでタートルネックのニットトップス。
それから、無彩色のモノトーンで背中にチェックの入ったトレンチコート。髪は結んで黒のキャスケットに入れ込んだ。
持っている服の中で可能な限りボーイッシュにしたコーデである。
せっかくアリシアとのデートなのだから少しでも男らしくしたいと思って選んだのだけど……せいぜい、背伸びした少年くらいにしか見えない気もする。
まぁ、気の持ちようかな、うん。
メイクは軽く整える程度。ハンドバッグを持って準備完了。
「アリスには可愛い方が似合うとは思うけど……悪くないと思うわ」
アリシアの格好を知っているはずの優奈にチェックして貰った結果は及第点。
少し前までは赤点しか取れなかったことを考えると良い方だ。
「楽しんでおいで」
「うん!」
お姉さんぶる優奈の態度にも、もう慣れた。
「それじゃあ、いってきます!」
先日買った下ろしたてのブーツを履いて玄関から家の外に出る。
とたんに肌を刺す、ひんやりとした冬の空気。
手袋すればよかったかなぁ……と思ったが、この服に合いそうな物は持ってなかった気がする。
「お買い物のときに良さそうな手袋があれば買おうかな」
良い天気だ。
去年は雪が降ったけど、今年は降らないかな?
「去年の今頃は海に向かってたっけ」
道すがらエイモックとのあれやこれやを思い出す。
あれから一年。
あの男は何をしているのやら。
魂抽出を教えて貰ってからは会ってないし、噂話も聞かない。
「悪さしてないといいのだけど……」
約束の時間まではまだ20分くらいある。
けれど、商店街の入り口には既に待ち人の姿があった。
白のコートに長い銀色の髪。
白いベレーとまるで物語に出てくる妖精のような白い少女は、とにかく目立っていた。
楽しそうに周囲を見回していてデートの待ち人をしていることは一目瞭然だろう。
そして、俺の姿を見つけたアリシアは花が咲いたかのような笑顔を浮かべ、手を上げて大きく振った。
彼女に向けて歩きながら手を小さく振り返す。
「待たせちゃった?」
「いいえ、今来たところですから」
「……嘘、だよね?」
「はい。でも、約束の時間には全然早いので、アリスの責任じゃないですよ? わたしが好きで待ってただけですから」
嬉しそうにそんなことを言われるとこれ以上何も言えない。
本当は寒空の下で体を冷やすのは良くないと言いたかったけれども。
「じゃあ、まずは温かい飲み物でも飲もうか?」
「そうしましょう!」
直ぐ近くにあった喫茶店に入りキャラメルマキアートを注文する。
アリシアはロイヤルミルクティーを頼んだ。
二人で商品を受け取り窓際の席に向かい合わせで座る。
「……あたたかいです」
ゆったりとした時間が流れる。
無言だけど気まずいなんてカケラも無い自然な沈黙。
窓の外で行き交う人々を眺めながら、時々視線を交わす。
体があたたまったので商店街に入って散策することにする。
目的はクリスマスプレゼントだけど、それ以外でも目に付いたお店にふらりと立ち寄るスタイル。
良い手袋もあれば欲しいし、それ以外でも欲しいものがあったら買っちゃおうか、くらいのゆるい感じで。
服屋さん、雑貨屋さん、本屋さん、ゲーセン、下着屋、カードゲームショップ。
いろいろと巡っているうちにお昼が来た。
生パスタと焼きたてパンが名物のお店でランチをいただく。
食事をしながらプレゼントを何にするか相談。
アリシアはピアスが気になるみたいだけど、ピアスの穴を開けるのはまだちょっと怖い。
というか校則違反になるので、ピアスは高校を卒業してからかな?
着る物とかもまだ学生なのであまり私服で出かける機会が少ない、というか季節で着られなくなるかもだし。
二人である程度服は共用しているのでお揃いの買うよりは、別々のを買った方がバリエーションが増えて便利なのよね。
結論としては揃いのリングをということになった。
今は去年のクリスマスに買ったツインのリングを二人で分けて使っているけど、それはそれとして二人でリングを贈り合いたかったので。
百貨店に入ってジュエリーショップを見てみたり、商店街の雑貨屋さんとかアクセサリーショップとかを中心に時間をかけて見て回ったり。
最終的に購入したのは、アクセサリーショップで売られていたかわいいデザインのペアリング。
二人で購入して、渡すのは後ですることに。
それとは別に二人で優奈に贈る用のプレゼントを買った。
かわいいネコのイラストが入ったマグカップだ。
買い物が終わる頃にはもう太陽が傾きだしていた。
ちょうど良い頃合いなので、二人で駅前に向かうことにする。
少しだけ手が冷たくて、そういえば、手袋を買い忘れていたことに気づく。
「アリス、これ使ってください」
アリシアが左の手袋を渡してきた。
「でも、それじゃあアリシアが冷たいよ?」
「こっちの手はこうするんです」
アリシアが左手で俺の右手を握ってくる。
冷たい手にアリシアの熱が与えられる。
それから、一緒になった手を俺のコートのポケットに入れた。
「ほら、これであたたかくなりました」
少し照れながらドヤ顔のアリシア。かわいい。
俺はまだ温もりの残る手袋を左手につけると、二人並んで歩き出した。
暗くなってくるにつれて、街のあちこちに散りばめられたLEDが輝き出す。
特に駅前の広場にある特大ツリーは圧巻で、思わず見惚れてしまう。
「……綺麗ですね」
「うん」
人手はそれなりに多くて、中でもカップルの割合が多そうだった。
「イクトさん……わたしは幸せです」
ツリーを眺めたまま、アリシアはそうこぼす。
春にアリシアが体を得てから半年と少しが経っている。
巫女の使命から解放されてただの少女になったアリシアは、毎日を楽しそうに過ごしている。
「俺も、だよ。アリシア」
アリシアが楽しそうにしているのを見るだけで幸せに思う。
「……」
そのまま無言で、そっと静かに口づけをする。
触れ合う冷たい唇。
アリシアの頬がほんのり赤らんでいる。
それから、イルミネーションを眺めながら二人でいろんな話をした。
過去のこと、今のこと、未来のこと。
きらきらと幻想的に光冬の街の中。
いつまでもこうしていたくて。
けれど、そうする訳にもいかなくて。
無情にも時間は過ぎていく。
完全に日が暮れた頃合いで帰宅する。
帰宅するのも一緒。帰ってからも。
だから、何も悲しむことなんてなくて。
けれど、未来は不確定で。
それが不意に恐くなってアリシアの手を強く握った。
家では母さんが迎えてくれた。
優奈は生徒会のパーティにクラスのみんなと参加しており、まだ帰っていないようだった。
去年は俺たちも行ったが今年は俺たちは行かなかった。
なんといっても、彼女持ちなので。
アリシアと一緒にお風呂に入って。
体を温めてから、部屋着に着替えて自室でくつろぐ。
そのうち優奈も帰ってきて。
それから、母さんに呼ばれてリビングに下りていくと、食卓には豪華なご馳走が並んでいた。
シャンパンで乾杯をして、ローストチキンメインのオードブルを食べる。
デザートは白いホールのクリスマスケーキ。
とても、楽しかったし、美味しかった。
家族での団らんが終わり、再び自分たちの部屋に戻ると、後は二人の時間。
リングを取り出して、二人して着けあう。
「うん、似合ってる」
アリシアの左手の薬指に嵌められたリング。
小さな石がきらきらと輝いている。
「イクトさんも似合ってますよ」
「俺にはちょっとかわいすぎやしないかな?」
「そんなことありませんよ」
「そうかぁ……」
女らしい物やかわいい物を身に着けるのには、いまだに抵抗感がある。
アリシアと瓜二つの外観の俺だから似合わないはずが無いと言われたらそうなんだろうけど。
何せ男子で居た年月の方がまだまだ長いので、どうしても。
考え込む俺を見てアリシアが微笑んでいた。
目が合って、そのまま自然に惹かれ合って顔を近づけていく。
唇が触れ合って、今度は柔らかくて暖かい。
もっと熱が欲しくなって、舌を差し入れた。
そして、そのまま――




