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異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた  作者: 瀬戸こうへい
後日談

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8月

 ――海に泳ぎに行こう。


 そんな何気ない約束をアリシアと交わしたのは、去年の秋。

 授業中のプールでのことだった。


 水の巫女であるアリシアは、かつて水中にある神殿に日参していた。

 彼女にとって水に潜ることは日常であり、好きな時間だったという。


 けど、去年の夏はアリシアの体になったことによるあれやこれやで忙しかったり、自分が女性用の水着を着ることに抵抗があったりして、海に泳ぎには行かなかった。


 それから、去年の冬。クリスマスイブ。

 エイモックと決着を着ける為に海へと向かっているときに、泳ぎに行く話をした。

 思い返してみると、あのときアリシアは曖昧に言葉を濁していた。

 その頃には、彼女はもう長くこの世に留まって居られないことを自覚していたのだろう。


 そのことに気づいたときには、もう手遅れだった。


 俺は後悔した。


 春が来て。

 辛い別れがあった。


 そして、奇跡的な再会。


 再び夏がやって来た。

 今日、俺はアリシアとの約束を果たす。


 海水浴場まで家から歩いて一時間くらい、自転車だと20分くらいの距離にある。

 普段なら自転車で行くところだけど、今日はアリシアの提案でバスを使っていた。


「デートなので、普段とは違うことをしてみたかったんです」


 アリシアはそう言った。

 確かに、バスの車窓からだと、いつもの街並みが違って見えて、ちょっと新鮮だった。

 何より、そんなちょっとした特別をアリシアと一緒になって実感できることが嬉しかった。


「うへっ、熱ぅ……」


 バスから降りると、とたんに降り注ぐ夏の強い日差しと熱気。

 すぐに熱耐性の魔法を使って、肌が焼けないようにする。

 注意喚起しようと振り返るが、アリシアは既に魔法を使っていた。


「うわぁー! すごいですねー!」


 海水浴場を一望したアリシアが、驚きの声をあげる。


 海には見渡す限りの人。

 砂浜はビーチパラソルやテントが並びカラフルに彩られている。海の家は雑多に賑わい、海岸に設置されたスピーカーからは、陽気な音楽が流れていた。


「まさに夏って感じだねぇ」


「びっくりしました……こんなに賑やかなんですね」


 アリシアとここに来たときは、海水浴シーズンを外していた。

 クリスマスに来たときは、人自体は多かったけど、海は閑散としていたので。


「それじゃあ、わたしは着替えてきますね」


「いってらっしゃい」


 事前に打ち合わせた通り、俺は一旦アリシアと別れる。

 アリシアは水着に着替える為、海水浴場に整備されているシャワー付更衣室に向かった。


 ちなみに俺は家から水着を着てきている。

 ビキニの上からTシャツとデニムのショートパンツを着るタイプの水着で、見た目は普通の服に見えなくもないので、手軽さを取った感じだ。

 女子更衣室にはまだ抵抗があるので、使わなくて済むならそれに越したことは無い。


 スマホで適当に時間を潰しながら、アリシアの着替えを待つ。


 しばらくして、


「お待たせしました」


 ――俺は思わず声を失った。


「――っ!」


 アリシアが着ていたのは、一見洋服に見えるシルエットをした灰色のワンピースだった。

 けど、普通の洋服と異なり、肩とか背中とかが大胆に開いていて、そこから白い肌が見えている。裾もかなり短かくて、動く度に下に履いた黒のビキニがチラチラ見えしている。

 そして、薄手のワンピースからは、下に着けている黒のビキニが透けていた。

 それは、とても布面積が少なくて、とてもセクシーだった。


「ど、どうですか……?」


 頭の高い所で括られたポニーテールが不安そうに揺れる。

 ちなみに俺もポニーテールにしているのでお揃いだ。


「すごく、いい……」


 そんな、語彙の消失した感想しか返せないくらい、俺はアリシアに見とれていた。

 水着をコーディネートした優奈の勝ち誇る姿が脳裏に思い浮かぶ。

 ……負けたよ、俺の完敗だ。


「良かったです」


 アリシアは安心したらしく、ふにゃっと笑みをこぼした。

 それがまた天使のようで、とくんと心臓が跳ねた。


 二人で荷物をコインロッカーに預けてから、海岸に向かう。


「アリシアは海で泳ぐのは初めてなんだよね」


「はい」


 アリシアの故郷である水の神殿は山の中にある。

 旅の途中で海を見る機会はあったけど、泳ぐことはなかったんだよな。


「海にどんな生き物がいるのか、今から楽しみです」


「見てみたい生き物っているの?」


「タコとウニ……ですかね? 湖にはいませんでしたので」


「私も、生きてるのは見たことは無いなぁ……」


 もっぱら見掛けるのは、お寿司屋さんでシャリの上だ。


「とりあえず、準備運動をしようか」


 水の巫女だからといって油断は禁物だ。

 俺たちは砂浜に並んでラジオ体操をした。


 周囲からの視線を強く感じたけど、これは仕方ないだろう。

 水着姿の銀髪少女が二人並んでラジオ体操をしている光景は、中々珍しいと思うので。


 ……この姿になってから、人目を引くことにも慣れてしまった。

 アリシアはかわいいから、仕方ないよね、うん。


 準備運動を終えて、波打ち際に行く。

 アリシアは波が押し寄せては引いていく様子を興味深そうに眺めていた。

 そして、恐る恐る海に入っていく。


「ひゃっ!? 冷たっ!」


 焼けた砂で熱された足を冷たい海水が一気に冷やす。

 そのまま足を進めて、腰まで水に浸かっていく。


「本当に水がしょっぱいんですねぇ……」


 アリシアは、海の水がついた指を舐めて不思議そうにしていた。


「――んっ」


 一気にしゃがんで肩まで浸かると思わず声が出た。

 火照った体が急速に冷やされて、体が身震いする。


「あぁ、気持ちいい……」


 そのまま、軽く手で水を掻いて、すいーっと沖へと進んだ。

 アリシアも後ろをついてきている。


「イクトさん」


 アリシアの手が伸ばされる。

 俺は手を取って指を絡めた。いわゆる、恋人掴みというやつだ。


「水の巫女の世界にお連れしてもいいですか?」


「ん……? ああ、よろしく」


 良くわからないけれど、アリシアが連れて行ってくれるというのなら、何処にだって一緒に行こう。


「それでは――」


 アリシアは、俺の手を握ったまま、背中から海に倒れ込んだ。

 手を引っ張られた俺は、さぱーんと音を立てて海中に沈む。


 ぶくぶくぶく……泡と水で覆われる視界。

 俺は慌てる事なく魔法を使い、水中で呼吸を確保する。


 体が沈んでいく。

 正面には、アリシアの影。手はしっかりと握られていた。


 徐々に泡と喧噪が収まっていって、視界が戻ってくる。


 そこは、全てが青いセロファン越しになったかのような世界。


 アリシアは俺を真っ直ぐ見ていた。

 少し目配せしてから、手を引かれる。


 アリシアは、体をくねらせて滑らかに水中を泳ぎだす。


 体の動きではなく、魔法の水流操作による泳ぎ。

 その姿は、まるで物語に出てくる人魚のように思えた。


 同じように水流を操作して、アリシアの後をついていく。

 流れていく蒼い景色。

 あっという間に俺たちは、周囲に人が居ない沖合まで移動した。

 水深は深く水面は天井のように頭上にある。


 アリシアは水中に制止して、こちらを振り返った。


『如何ですか? 水の中は』


 念話で聞かれる。


『……すごいな、これは』


 俺は圧倒されていた。


 頭の上にある水面からは、明るく幻想的な光がゆらゆらと差し込んでいる。

 見回すと、後方のところどころに人間の下半身が生えていて少しシュールだ。


『これが、イクトさんに知って欲しかった水の巫女の世界です』


 地上の喧噪とは隔絶した別世界。

 寂しいような、どこか懐かしいような、そんな不思議な感情がわき上がってくる。


 この光景がアリシアの心の深いところにあるのだろう。

 心象風景というやつだ。

 その事が自然に理解できた。


『もっと早くここに来れば良かった』


 そのことを、もったいなく思ってしまう。


『でも、心残りが無かったら、満足して早く魂が消失してたかもしれませんよ?』


『……それは、困るな』


 やっぱり、今年にしておいて正解だったのかも?


『そうですね……わたしも、こうして今日二人でここに来られて嬉しいです』


 二人で微笑み合う。


『えっと……このあたりは安全かもしれませんが、探索するにはちょっと退屈ですね』


『まあ……海水浴場だからね』


 このあたりは整備されているらしく、岩すらない綺麗な砂浜だった。

 もう少し沖に見えるのはサメ避けのネットだろう。

 このあたりには魚もほとんど居なかった。


『岩場の方に行ってみましょうか』


 俺たちは一度陸に上がって、砂浜と岩場の境あたりから再度海に入った。

 岩やら貝やらガラスやらで、足下がちょっと危なかったので、足を魔法で保護する。


 水中に入る際、人に見られて溺れたと勘違いさせてはいけないので、周囲に人が居なくなるくらいまで離れてから水中に潜った。


 水中散歩は楽しかった。


 いろいろな魚を見た。

 アリシアは事前に予習していたらしく、見掛ける魚の名前を全部答えてくれた。

 岩場の影にタコも見つけることができた。

 その後も、様々な光景や生物を見て、いろんな発見をした。


 しばらく探索した後、俺たちは海中で二人で横になって水中を漂っていた。


 十数メートルも潜ると、世界の青は濃くなり、水は冷たく重く感じる。

 幻想的に差し込む光は、少し遠くなって、世界から二人だけが取り残されたような錯覚に陥る。


『イクトさん……』


 アリシアが水中を漂って近づいてきた。


「ん……」


 唇が触れ合う。

 冷たく冷えた唇に、熱くて柔らかい舌が触れた。

 そのまま、口の中に舌が侵入してくる。

 俺は、舌を絡めてアリシアに応えた。


「んっ……ふぅ……」


 制止したような時の中、口内で分け合う熱がお互いの全てのように思えた。


 俺たちはひたすら、お互いを求める。

 どれだけ時間が経ったのかもわからないくらいに。


『イクトさん、したい……です……』


 アリシアがキスを続けながら、少し恥ずかしそうに念話を送ってきた。


『えっと……ここで?』


『はい』


『いや、でもそれは……』


 これまで、そういうことは家でしかしたことがない。

 あまりにも開放的なこの海でするのは抵抗があった。


『だめ、ですか?』


『その……誰かに見られるかもしれないし……』


『こんなところ、誰も来たりなんかしませんよ』


『えっと……魚、とか……?』


 視界を魚が横切る。目の前に行われている逢瀬を気にした様子は無い。


『ふふっ……お魚さんですか?』


 アリシアがいたずらっぽく笑う。


『いいじゃないですか、見せつけちゃいましょう?』


 流れる髪が色っぽくて。

 積極的なアリシアに流される形で、俺たちは海中でひとつになった。


 アリシアと俺、交互に一回づつ。

 俺たちは、時間を忘れて自分たちだけの世界に引き籠もった。


   ※


 ――夕方


「今日は歩いて帰りたかったんです」


 俺たちは自宅への帰路を歩いていた。

 この世界に帰って来たあの日と同じように。


 違うのは、アリシアが隣にいること。


「ほんと、楽しかったぁ……」


 俺は今日の出来事を振り返る。

 未知の体験の連続で、驚きと感動に満ちていた。


 海水浴というよりは、道具も時間制限もないダイビングのような体験だったのかもしれない。

 俺はダイビングは未経験だったので比較はできないけれど。


「また、行きましょうね!」


「ああ……次は優奈と一緒、かな?」


「今日は遠慮してもらっちゃいましたからね」


「あー」


 優奈が想像していたのはただの海水浴だろう。

 今日の話を聞いたら絶対に羨ましがるに違いない。


「明日も海に来ることになるかもしれない」


 もしかしたら、多分、きっと。

 いや、ほぼ確実にそうなる。


「わたしは、全然構いません。いつでも歓迎です」


「じゃあ、今年の夏はいっぱい海に行こうか」


「はい!」


 体はしんどいだろうけど、それ以上に楽しそうだ。

 蒼汰と翡翠も来るかな?

 彼らは受験生だけど、1日気分転換するくらいは良いかもしれない。

 聞くだけ聞いてみようか。


「えっと……」


 アリシアが顔を赤く染めていた。


「その……また、二人だけでも行きたいです」


 先程の行為を思い出して頭に血が昇る。

 上下もあやふやで重力に囚われない解放感の中、より深く感じる繋がり。

 先程彼女から与えられた悦びを思い出して、お腹の下がきゅんと反応した。


「……うん」


 また、してみたいと思う。


 流石に他の人が一緒だとああいうことはできないので二人で。

 あ、いや、優奈となら大丈夫かもしれないけど……


 まあ、いいや。


 今は懐かしいこの道歩くことを楽しもう。

 自宅へ帰るまで約1時間。


 二人でなら全然苦ではない。


 俺たちは手を繋いで歩く。

 一緒の家に帰る、その幸せを噛み締めながら。


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