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異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた  作者: 瀬戸こうへい
後日談

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6月

 わたしは如月アリシア、じぇーけーをやっています。

 じぇーけーというのは女子高生のことを指すのだそうです。クラスの友達に教えてもらいました。

 なんでも女子高生をローマ字で綴ったときの頭文字から来ているとか。

 言葉は生きているという証左ですね。この世界はわたしの知らないことばかりで面白いです。


 ――今日は6月の何でもない日。


 いつも通りに学校に行って、放課後は珍しくアリスと別行動でした。

 私が新聞部の方に校内新聞の取材を求められたからです。

 放課後部室に訪問して、インタビューに答えたり、写真を撮って貰ったりしました。

 来週くらいに校内の掲示板に掲示されるそうなので楽しみです。


 用事が終わって家に帰ろうとしたら、雨が降っていました。

 今日は朝から空模様は怪しかったのですが、降り出してしまったようです。

 この国の6月は雨期になるそうです。

 わたしが生まれ育った所では、特定の時期に雨が多く降るといったことは無かったので、ちょっと不思議な感じがします。

 雨が多くて憂鬱だとクラスの友達は言いますが、私は雨が好きなので嬉しかったりします。

 なにしろ水の巫女ですから、周囲が水で満たされていると安心するのです。

 それに、魔法を使えば雨に濡れることはありませんし。チートというやつですね。


 わたしは学校に置いてある傘を差します。

 本当は必要の無い物ですが、魔法で雨を弾くと目立つのでカモフラージュです。

 こういう雨具を使うのはわたしにとって新鮮な体験で、少し心が躍ります。

 コミカルな猫ちゃんのイラストが入った傘は、ショッピングモールで買って貰ったアリスとお揃いの物。

 頭の上で奏でられるぽつぽつという音色を聞きながら、通学路を歩くのは、とても趣があります。

 いとおかし、というやつですね。


 ……なんだか、お菓子を食べたくなってきました。


 ちょうど良いところにコンビニが見えてきましたし、立ち寄ることにしましょう。


 普段からアリスや優奈と一緒に立ち寄ることが多いコンビニですが、こうやって一人で訪れるのはまだ数える程しかありません。


 今日は急ぐ用事もありませんし、ゆっくり店内を見て回ることにしましょう。

 傘を傘立てに置いて、店内へと入ります。


「らーっしゃっせー」


 来客を歓迎する店員さんの挨拶に、わたしはお辞儀をして返しました。

 この国の店員さんは丁寧で素晴らしいと思います。

 わたしが居た世界の店員は、基本何をしに来たんだという態度が当たり前でしたので。

 定価なんてものも基本ありませんでしたから、法外な高値で売りつけられることも日常茶飯事で、煮え湯を飲まされたことも一度や二度では――やめましょう。過ぎた話です。


 入り口近くの店の棚から見ていきます。

 瓶入りの回復薬が入った保冷棚とその上に箱に入った錠剤。

 隣には、様々な日用品が並んでます。石鹸や洗剤にマスクやティッシュ等の消耗品。

 それから、生理用品。使ったことは無いですが、わたしもそろそろ必要になるのだと思います。まあ、アリスと同期していたときの記憶があるので何とかなるでしょう。

 小数点以下の数字が書かれた箱が目に入ります。これは、コンドームだそうです。

 わたしには不要な物ですね。魔法によって作る疑似ペニスは、生成する際に子種の有無を選べますから。

 そもそも、水魔法を使えば安全で確実に避妊はできますし。

 他にも下着とかコスメとかいろいろな物があります。それらは、日常生活に必要な物を可能な限り幅広く取り揃えているといった感じで、現代の需要に最適化された供給の答えが展示されているかのようで見ていて飽きません。


 棚の端まで行ったところで振り返ると、そこに並んでいるのはカラフルな表紙の雑誌たち。

 わたしは心の中でミンスティア様に感謝の祈りを捧げながら、雑誌を並べてある棚の前に陣取ります。


 気になった本を思うがまま手に取れるということは、なんて素晴らしいのでしょう!


 アリスと体を共有していたときも、いろいろ本を読ませて貰っていましたけど、アリスはあまり本に興味がないのもあって、どうしても気兼ねしてしまうんですよね。

 それに、読んだ本にエッチな内容が含まれてたりすると、ちょっと気まずかったりしますし……


 なんとなく手にとったのは、中古車のカタログ雑誌でした。

 車の値段は千差万別で、種類や形もいろいろあるようです。

 車種、年式、型番、等々。

 わたしには理解できないことばかりですが、それらを眺めているだけでも面白いです。


 車かぁ……いつかわたしも運転してみたいなぁ……


 アリスと二人でこの世界を見て回りたいです。


 他にはキャンプの特集記事もありました。


 キャンプ……懐かしいなぁ……

 もっとも、わたし達がしていたのは、野営でしたが。

 それに、今敢えてやりたいとまでは思いませんね。

 周囲を警戒しないといけませんし、疲れも抜けきらないので。

 宿泊するなら、温泉旅館がいいです。


 キャンピングカーなんて物のもあるんですね。

 ベッドもあるんだ、いいなぁ……わたしもこういうので旅したかったです。


 他にも適当に気になった雑誌をパラパラとめくって内容を記憶していきます。

 本当は買うべきなのでしょうけど……全部買うとなるとお小遣いがいくらあっても足りません。

 本の制作者とお店の人に申し訳ないと思いつつ、少しの間立ち読みさせてもらいました。


 読書欲が軽く満たされたところで、今度は本命のスイーツ欲を満たすことにします。


 ドリンクが入ったガラス張りの冷蔵庫を横目で眺めながら奥に進みました。

 お茶やコーヒー、そしてジュース。

 カラフルなボトルの中には味の想像がつかない物も一杯で興味を引かれますが、今日はスルーです。


 そして、やってきたのはスイーツの保冷棚。

 お洒落なパッケージに包まれたかわいい甘味たちがわたしを迎えてくれます。


 定番スイーツに、限定スイーツ。

 アリスは比較的食べ慣れた定番の味を好む傾向があるのですが、わたしは食べたことのある種類自体が少ないのもあって、いろいろ限定の物をチャレンジしたい派だったりします。


 これも、アリスと感覚を共にしていたときは遠慮していたのですが、今では食べたい物を自由気侭に選べちゃいます。

 ……もちろん、好き放題食べる訳にはいきませんけど。

 いただいているお小遣いを無駄遣いできませんし、そもそもスイーツを食べ過ぎるとお腹の肉に反映されてしまいますので。


 そのため、厳選が必要になってきます。


 季節によって変わる旬の食材を用いたスイーツ。

 初夏のラインナップはどんなものでしょう?


 まずは、贅沢なマンゴーのプレミアカップケーキ。

 クリームブリュレにマンゴームース、ジュレ、マンゴーの果肉が綺麗に層にになっていて、しっとりなめらかな食感がとても美味しいケーキです。この前買って食べたのですが、幸せな味でした。もう一度食べたい欲求も出てきますが、ここは涙を飲んで我慢します。今日のわたしは未知の開拓者ななので。


 続いて夏をイメージしたフルーツポンチ。

 水色のゼリーの中に色鮮やかなスイーツが浮かんでいます。雨の多い今の季節に、まだ見ぬ夏を予感させる風情がたまりませんね。パインやみかんやレモンの酸っぱさが、爽やかに抜けていきそうな味が想像できます。


 そして、最後は優しい緑色が印象的なわらび餅の抹茶ゼリーです。

 まさに和といった印象で、ちょっぴり苦いお茶の苦さがアクセントになって奥深い味わいになるのだと予想できます。あっさりとしたわらび餅とムースが優しいハーモニーを奏でてくれるのでしょう。


 いろいろ悩んだ末、わたび餅の抹茶ゼリーを購入しました。

 郷には入れば郷に従えと言いますし、今のわたしは和風な気分だったのです。


 お会計を済ませて、傘を差し、ウキウキ気分で帰宅します。


「ただいまです……?」


 帰宅して玄関のドアを開けます。

 なんだか妙に静まり返っている気がして違和感を覚えます。


 今日はお父様とお母様は家にいらっしゃったはずですし、アリスと優奈は先に帰ったはずです。


 不思議に思いながら洗面所で手を洗って、リビングのドアを開けました。


 パァン!


 大きな音がして視界に何かが飛び込んできます。


「「「アリシア、一周年おめでとー!」」」


 カラフルな紙テープの束でした。

 これはパーティクラッカーでしょうか。


 ……反射的に魔法で迎撃しようとしたのをキャンセルできて良かったです。


「えっと……?」


 想像もしなかった事態に頭がついていけていません。

 そんなわたしに優奈が話し掛けてくれました。


「今日はアリシアが我が家に来て一年でしょ?」


「だから、家族でお祝いしようって話になってサプライズしたんだ」


「え……え……?」


 ちょうど一年前、この世界の海水浴場にわたしたちはやってきました。

 そのことは無論覚えてはいました。

 ただ、特別祝う日だなんて思っていなかったので、気にしていなかっただけで……


「アリシアが私達の家族になった記念日なんだから。ちゃんと、お祝いしないと!」


「……優奈」


「アリスが帰ってきた記念日でもあるわ。あなたのお陰でアリスは家に帰ってこれたの。ありがとう、アリシア」


「お母様」


「君はうちの娘だからな。これからもアリスを頼む」


「お父様」


「ここ一年、いや、二年。大変なことばかりだった……でも、アリシアが居たから乗り越えられた。これからも、ずっと、俺と一緒に居て欲しい」


「アリス……いえ、イクトさん!」


 こんなの耐えられる訳ありません。


「わたし……わたし……!」


 涙が溢れてきて、立っているのも難しくなって。


「「アリシア」」


 そしたら、アリスと優奈が支えてくれて。

 二人とも泣いていて。


 それで、もっと感情が溢れてきてしまって――


 みんなで抱き合って泣いちゃいました。


「わたし、嬉しいです。皆さんの家族になれて。こんな事までしていただいて……」


 それから、しばらく経って。

 少し落ち着いたわたしは、ようやく皆さんに御礼を言えた。


 すごく暖かい空気で、また涙がうるっときてしまいそう。


「ほら、ケーキ買ってきたんだよ!」


 そんなわたしを見かねて、優奈がわたしをテーブルに導いてくれました。


「うわぁ……」


 テーブルの上に置かれていたのは大きな丸いフルーツタルト。

 それは、まるで色鮮やかで宝石のような。


 ――今日は、特別な日。最高の一日でした。


 ……抹茶ゼリーは、また明日。


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