お買い物(その2)
「腹減った……」
長かった試練のような買物が終わり、全員で一旦荷物を車に置いてから、食事のためにショッピングモールに戻る。
時刻は既に午後一時を回っていた。
朝食が遅かった俺ですらこれだけ空腹なのに、うちの女性陣は本当にタフだ。
「お昼は何を食べる?」
「ハンバーガー!」
俺は某有名ハンバーガーチェーンの名前を口にする。
「えー、そんなのどこでも食べられるでしょ。それに、昨日はハンバーグだったじゃない……」
優奈は不満そうに言った。
「ハンバーグとハンバーガーは別物だよ。それに異世界にはハンバーガー屋なんて無かったんだぜ」
ジャンクフードを丸一年お預けをくらった男子高校生の気持ちなんて優奈にはわかるもんか!
異世界の料理は全体的に味付けが簡素だった。美味しいものも多かったけど、ジャンクな味が不意に恋しくなったものだ。
俺はハンバーガーが食べたい!
「……それじゃあ、フードコートに行きましょうか」
母さんの提案に俺達は同意する。こういうときは、それぞれが好きな物を食べられるフードコートは便利だ。
休日のフードコートはかなり賑わっていて、俺たちは母さんに席を確保してもらってバラバラにお店に向かうことにした。
『フードコートってところはお祭りの屋台みたいでわくわくしますね! それに、どれも美味しそう……これはどんな料理なのですか?』
『これはね……』
アリシアの質問に答えながら俺はフードコートを一巡りする。今日のメニューはハンバーガーに決めているけれど、次に来たときはアリシアの食べたいものにしよう。
俺は母さんからをもらった野口さんを握りしめ、意気揚々とハンバーガーショップに向かう。
……だが、少し浮かれすぎていたらしい。
楽しみのあまり周りが見えていなかった俺は、進路が交錯していた誰かとぶつかってしまった。
「……わ、悪いっ」
そう言ってぶつかった先を見上げると、相手は明らかに柄の悪い三人組の男達だった。
「ってぇなぁ……」
「何? この娘外人さん? 髪真っ白で超かわいいんだけど」
「……パネぇわ」
「そうだ。なぁ、俺たちと一緒にカラオケでも行かねぇ? おごるからさァ……」
……どうしよう。
めんどくさいのに絡まれてしまった。
『イクトさん、どうやら相手は戦闘訓練も受けてないただのチンピラのようです。氷の槍を使えば一瞬で制圧できると思いますが……』
異世界の感覚で、敵の排除を提案をしてくるアリシア。
『そんなことをしたら相手が死んじゃうよ。絡まれたくらいで人を殺してたら、この国では大変なことになるから』
それに、こんな大勢のいるところで、魔法なんて使ったら大変な騒ぎになるだろう。
『大丈夫です! 氷の槍は損傷箇所を瞬時に凍結させますから、失血死とかさせませんよ』
……聞かなかったことにしよう。
このくらいの相手なら今の俺でもどうにでもなるのだが、こんなところで目立ちたくない。できれば、騒動に気づいた誰かが警備員を呼んでくれるのを待ちたいところだ。
「……すみません、私は家族と来ていますから」
「友達と遊ぶことにしたって言えばいいじゃん! 家まで送ってくから。それに、俺今さっき君にぶつかったところが痛いんだけど……もしかしたら、折れてるかも」
骨折してたらそんな余裕綽々でいられるかよ。
あーもう、めんどくさい。お腹も空いたし、もうこの場で叩きのめしてやろうかな……
そんな風に心の中で切れ掛けていたら、ようやく救いの声が掛けられた。
「おい、お前ら……小さい子に何みっともないことしてんだ」
聞き覚えのある声に、振り返って声の主を確認した俺は衝撃を受ける。
「蒼汰……?」
俺の保育園の頃からの腐れ縁である双子の兄の方、神代蒼汰――修学旅行先のフェリーで別れてから一年ぶりの再会だった。
「……ん? お前、俺のこと知ってるのか? まぁいいか。というわけでこいつは俺の連れだからお前らは帰れや」
「おまっ……ふざけンなよ!?」
「ちょ、やばいって。蒼汰っていったらヒラコーの暴れ狼じゃん」
「ヒラコーの暴れ狼――不良グループを一人で壊滅させたっていう、あの!?」
「やべぇ、マジパネぇよ」
蒼汰、お前なんて二つ名で呼ばれてるんだよ。お前、去年まではただの柄の悪い普通の学生だったはずだろ……それに不良グループを壊滅させたってどういうことだよ。
「……ちっ、行くぞお前ら」
チンピラ3人組は舌打ちをして、ぞろぞろと立ち去った。
……やれやれ。
「ありがとう、ございました」
俺は蒼汰に礼を言う。
「気にすんな。それにしても俺の名前をどうして……どこかで会ったことあるか? いや、無いな。こんな特徴的な娘を忘れるなんてありえない」
「その、ゆ……姉が、話をしてくれたことがあって」
「……どうせ、碌な噂じゃないんだろな。悪いことを言わねーから、俺みたいな奴とはかかわらない方が良いぜ」
……お前、そんな悪ぶったキャラだったか? 中二病はもうとっくに一緒に卒業したと思ってたんだけどな。
「蒼汰……さんは、良い人だって聞いてるから。大丈夫……です」
ボロが出ないように話そうとすると、言葉がいろいろと怪しくなってしまう。とはいえ、こんなショッピングモールでゆっくりと俺の身の上を話すわけにはいかない。
「それじゃあ、家族が待ってるからハンバーガー買ってきます……ありがとう」
俺は小走りでハンバーガーショップに向かう。
……大分時間を取られてしまった。家族もそろそろ心配してるかもしれない。
どうやら蒼汰の目的地も一緒のお店だったようで、俺の後ろに蒼汰は並んだ。
順番が来て、俺は随分と高くなってしまったカウンター越しにお姉さんに注文する。
「テリヤキバーガーのLセットでポテトとコーラ! あと、単品でハンバーガーのピクルス抜きを二つお願いします!」
それは、かつての俺がいつも頼んでいた定番メニューだった。
「幾人……?」
名前が呼ばれて……恐る恐る振り返った先には、困惑した表情の蒼汰が俺を見ていた。