デウス・エクス・マキナ
――それは、唐突に訪れた。
『はい、こんにちわ』
脳裏に念話による緊張感のない女性の声が響く。
顔を上げると学校の屋上の上空5メートルほどの空中に人影が佇んでいた。
二十歳前後と思われる女性は、黒いローブを身に纏い御伽噺に出てくる魔女のような格好で。
「えっと……?」
アリシアとの別れを終えたばかりで、感情がぐちゃぐちゃになっている俺は、急な展開に頭がついていってない。
『……あなたは誰ですか?』
俺を支えていた優奈が女性に念話で問う。
女性によって念話の回線が開かれているらしい。やはり、彼女は魔法を使えるようだ。
『私はアリサ。そこに居るアリシアの家族よ』
『アリシアの……!?』
異世界からの来訪者。
アリシアができたことだ。他にできる人がいてもおかしくはない。
彼女は世界を越えてアリシアに会いに来たのだろうか?
けど……
『アリシアはもう……』
『知ってるわ。あなたと共にある魂は失われつつある……そうよね?』
『ああ……俺は、アリシアを助けることはできなかった……』
『私なら彼女を救える――と言ったらどうする?』
『本当か!? 頼む、アリシアを救ってくれ!』
『ちょっ、ちょっと待って!』
『なんだよ、優奈!?』
『アリシアが去ったこのタイミングで話を掛けてくるなんて、いくらなんでも都合が良すぎると思わない?』
『……その人の言うことはもっともだと思う。どう見ても胡散臭いわよねぇ、私』
自重気味に肩を竦める女性ーーアリサさん。
『いや、俺は信じるよ』
『アリス!?』
『理由を聞かせてもらっても?』
『……直感、だよ。あなたは俺を騙さない。話をしていて、なんとなく他人に思えないというか、昔から知り合いだったような親しみを感じるんだ。だから、俺はあなたを信じる』
『……そっか』
『ーーあたしはまだ納得してないわ。そもそも、どうやってアリシアを助けるの? その方法を教えてよ!』
……そうだ。
できると言うのは簡単だけど、実際には乗り越えないといけない壁が二つもある。魂を納める器の作成。そして、俺の中にある魂をその器に移す方法。
『魂が失われたアリシア用の肉体があるの。それにあなたの中のアリシアの魂を移すわ』
『どちらも信じがたいのだけれど……』
『できるわ、私なら』
自信に満ちた返答。今まで俺たちがどうやっても手の届かなかった物を、ひょいと掴んで手渡すようなあっけなさでそう告げる。
『ここにあるのはアリシアの体だけだから、あなたの魂を元の体に戻すことはできないけどね』
『ーーっ!』
この人はどこまでーー
わからない。何もかもが不明で、怪しもうと思えばいくらでもできる。
アリシアの身内という話も自称でしかない。
それでもーー
俺は手を床について頭を下げた。
『アリシアを助けて貰えませんか。お願いです、そのためなら、俺はなんでもします!』
『アリス!』
俺を咎める優奈の声がする。
『ーー顔を上げて?』
手が肩に触れた。
顔を上げると、俺の目の前でアリサさんが膝をついていた。
「あ……」
黒髪のきれいな人だった。
親しみを込めた優しい瞳で俺に微笑みかけている。いや、俺の中のアリシアにーーか。
アリシアの家族だと言うけれど、その容姿は何故か翡翠に似ているような気がした。
ストレートの黒髪にモデルのようなスタイルはアリシアとは似ても似つかない。
「立って?」
俺は目の前の女性に気を取られたまま、立ちあがる。
「きれいな髪が汚れちゃってるよ」
アリサさんがさっと手を俺の髪にかざして、魔法で汚れを綺麗にしてくれた。
「あ、ありがとうございます」
正面から、ぎゅっと抱きしめられた。ふわっと柔らかい大人の女性の匂いに包まれる。
「……ごめんなさい」
アリサさんの謝罪の言葉はアリシアに向けてのものなのだろう。俺は意味もわからないままに、抱きしめられていた。
そうしている間に、この人を疑う気持ちは消えていた。
アリサさんは静かに離れる。名残惜しそうに感じたのは、間違いじゃないだろう。
そして、今更だけど名乗っていないことに気がついた。
この人に必要はなさそうだけど、初対面なのだから名乗るべきだろう。
「俺はアリス。如月アリスといいます」
「ええ……あなたのこともよく知っているわ」
アリサさんは微笑んだ。
アリシアから俺のことを聞いたのだろうか?
それにしてはアリシアからアリサさんのことを聞いたことは一度もないのだけど。
そのあたりは何か事情があるのかもしれないな。アリシアが助かったならそのうち聞く機会もあるだろう。
それよりも、今はーー
「アリシアのことをお願いできますか?」
「もちろん、私はそのために来たのだから」
その人は芝居がかった態度で、任せておけとばかりに自分の胸元をドンと叩いた。
「では早速始めちゃいましょうか」
アリサさんが小声で何かを呟くと、頭上の空間が切り裂かれた。
いつぞやの異世界へのゲートを彷彿させる、けれどあちらは穴に対してこちらはチャックをあけたような黒い歪みだった。
唖然として見てると、空間の裂け目の中から水晶のような物体が出てきた。
2、3メートルほどあり、中に人の姿が…
「アリシア!?」
見間違えることはない、見慣れたその姿はまさしく彼女そのもの。
アリシアは全裸で半透明のクリスタルの中で目を閉じていて、標本のように身動き一つしない。魂のないボディだとアリサさんは言った。
アリサさんが続けて魔法を使う。
それは今まで見たことのないモノ。
様々な属性が入り混じった魔力が編まれていく。全属性の祝福があった俺でも魔法はそれぞれの属性を単独で使用することしかできなかった。
複雑な術式は相当な魔力の圧縮も併用されているようだ。
大魔法と言っていいクラスの魔法を、数十数百分の一の魔力で発動するために複雑に組み上げられていく術式。
「すごい……」
組み上げられた魔力がアリシアのクリスタルを包み込んで質量を増していく。
風が巻き起こる。
それは、魔法というより奇跡のように思えた。
それほどまでに俺が知る魔法の概念と異なった高度な術式だった。
アリサさんが近づいてきて、私を抱きしめる。アリサさんの魔力が優しく私の中に浸透してくる。エイモックのときと違って魔力の殻を解放していないというのに。
身内の魔力は通りやすいとか聞いたことがある気がするから、それが理由だろうか。
「それじゃあ、仕上げといきますか!」
魔力のリボンが体内のアリシアの魂を優しく包みこんでいく。
魔力で包まれた魂はゆっくりと移動して、体外にアリサさんに取り込まれた。
「アリシア!」
アリシアの魂が体内から失われて、喪失感でか思わず声が出る。
アリサさんがそっと離れて、大丈夫だとでも言うように微笑んだ。
指を鳴らすとクリスタルにヒビが次々と入っていき、やがて粉々に砕けて光の粒子に変わっていく。
残ったのは宙に漂うアリシアの体のみ。
アリサさんがアリシアに近づいて愛おしげに抱きしめる。
二人は白い魔力で光輝いていた。
嵐のような風が吹き荒れる。
立っていられないほどの強風に俺は優奈を庇いながらしゃがみ込んだ。
その中で、アリサさんは平然と立ちながら魔法をコントロールしていた。
光が広がっていく。
俺は眩しさに目を閉じた。
大きな力の波が広がって空気が震える。
ーーそして静寂。
眩んだ目が視界を取り戻すまで数秒。
そして俺は見た。
「アリシア!」
アリサさんの腕の中でぐったりしている彼女の姿。
一糸まとわぬ姿で、幻想的に広がる銀色の髪。
俺はアリサさんに駆け寄る。
アリサさんは俺が近づくと、両腕の中のアリシアを差し出してきた。
身体能力強化の魔法を使って、お姫様抱っこの体勢で受け取る。手に伝わるずっしりとした重み。
「アリシア……」
腕の中に納まった彼女はすやすやと呼吸していた。
自分と生き写しのその姿。
……生きてる。
信じられない。
でも、腕の中の存在は確かなもので、頭が混乱している。
「成功したわ」
アリサさんが一仕事終えた風にで言った。
奇跡の所業を成したというのに事もなげに。
「彼女はそのうち目覚めると思う」
「あ、ありがとうございます! その、何をお礼をしたらいいのか……」
「いらないわ。私は私のために彼女を救っただけだから……それじゃあ、もう行くから」
言うが早いかローブを翻して立ち去ろうとする。
「ま、待って下さい!? アリシアと話をしなくていいんですか!?」
「ん、いいんだ……あなた達が元気に生きてくれるならそれだけで」
「家に来て下さい。あなたは恩人で、アリシアの家族なら私たちの家族です。歓迎します」
「気持ちは嬉しいけど、ごめん。私は行かなきゃいけないんだ」
「……せめて、アリシアが目覚めるまででもだめですか?」
「これ以上留まると名残惜しくなっちゃうから……未練は残したくないの。ありがと」
「……そう、ですか」
そこまで言われると、アリサさんを引き留めることはもう出来なかった。
どこか寂しそうに笑う彼女。
アリシアとはどんな関係なのだろうか。
「ん……」
アリシアから声が漏れた。
目覚めようとしているのだろうか。
「それよりも早く彼女に服を持ってきてあげて? 結界を張って、異常は感知できないようにしてあるけど、誰かが上がってきたとき、全裸ってのはまずいでしょ?」
「あ、あたし行ってくる!」
言うが早いか優奈が駆け出していた。
屋上から姿を消す。
「……それじゃあ、行くね?」
アリサさんは俺たちを眩しそうに見ながらそう告げる。
「本当に、ありがとうございました」
「アリシアのことをよろしくね?」
「はい!」
「いい返事。それじゃあ……今度こそ」
アリサさんはふわっと宙に浮く。風魔法の飛行だ。
ああやって空を飛ぶのは気持ち良かったなぁ……羨ましい。
アリサさんは空高く昇っていき、昼と夜の間の空に少しだけ漂った後、弾丸のような速さで飛び去っていった。
「ーーっ」
腕の中でアリシアがもぞもぞとみじろぎする。
「アリシア!?」
「えっと……夢を観てるのでしょうか、わたし。我ながら未練がましいものです……」
薄らと目を開けたアリシア。
「……でも、夢なんだったら、男のイクトさんに抱きしめられたかったです」
少しだけ不満そうなアリシアの手が私の頬に触れる。まだ、意識が覚醒していないらしい。
「夢じゃないよ、アリシア。アリサさんが助けてくれたんだ」
「……アリサ?」
「そう、アリサさん」
「……誰ですか、それ?」
「え?」
「え? なんで、わたし、体が動く……え、え? ここは学校の屋上? ……って、なんでわたし裸なんですかぁ!?」
矢継ぎ早に疑問を投げかけるアリシア。
「と、とにかく落ち着いて! 誰かが来るとまずい。優奈が服を持ってきてくれるからーー」
強めにそう言うと、アリシアははっとして、やがて、こくりと頷いた。
「……イクトさん、ですか?」
「うん」
俺はアリシアの手を握る。
「あぁ……なんで……さっきあれだけ決心してお別れを言ったのに、こんな幸せな夢を見せられたらわたし……」
「夢じゃないんだ、アリシア」
「だって、そんなの不可能ですよ……有り得ないです……だから、これはわたしの夢のはずなんです」
「……どうしたら」
そうだ。
少しいたずらっぽい方法を思いついた。
俺はお姫様抱っこしたアリシアの顔に顔を近づける。そのまま口づけをした。
「ーーっ」
お姫様を眠りから覚ますのは王子様のキスってね。ちょっとキザっぽいか。
「……え? イク……トさん?」
「だから、さっきからそうだって言ってる」
思わず笑みがこぼれる。
「いつもは俺が朝起こされる方だったのに、今日はアリシアがねぼすけさんだね」
「だって、そんなこと……ありえ……」
「奇跡はおきたんだよ、アリシア」
「え……じゃあ、本当にイクトさん……?」
「うん、俺は君のことが大好きな如月幾人だよ」
「ああ、ミンスティア様……」
彼女は目を閉じて祈りを捧げる。
「もしも夢だというのでしたら、これほど残酷なことはないでしょう」
「だから、夢じゃないって」
「信じられないですーーだから、もう一度下さい」
何をとは聞かない。
俺は再度アリシアに口付けた。
何度か唇を重ねて、そして自然と舌を求め合う。
離れてた時間を取り戻すように、いつまでも。
「……気持ちはわからないでもないけど、続きは家に帰ってからにしてもらえない?」
突然聞こえてきた声に、俺たちはハッとなって離れる。
いつの間にか両手に学校指定のジャージを持った優奈が戻ってきていたらしい。
「ゆ、優奈!?」
「はじめまして、っていうのも変だね。あなたに会えて嬉しいわ、アリシア」
そう言いながら、優奈はアリシアにジャージを手渡す。
「わたしもです。ユウナ……!」
俺はそっとアリシアを降ろしてから、彼女に背中を向けた。
それから、服を着たアリシアと帰宅した。優奈と、翡翠も来ていて一緒に帰った。
結局、アリシアはアリサさんのことは全く心当たりがないとのことだった。
アリサさんはいったい何者だったのだろう。
誰かはわからないけど、もう一度会うことができたなら御礼をしないと。
もし、私たちに娘ができたなら彼女から名前をもらおうか。
そうそう、意識を取り戻したアリシアは何故か使える魔法が増えていたんだ。
それも、アリシア自身知らない術式のもので。なんでも、科学的なアプローチで組み替えられた形跡があるとかないとか。
その中に、女同士でも子供を宿せる魔法が存在していた。
遺伝情報を組み込んだ擬似精子を創り出すことができるものだ。
これは、アリサさんによるサービスなのだろうか?
まぁ……アリシアとの子供が作れるというのはありがたいことだけど。
将来のことはさておき。
とりあえず今はーー
学校の朝のホームルーム。
ざわめく生徒たち。
教壇の前に立つ転校生と俺との間を往復しているのがわかる。目を疑うよね、うん。
「初めまして、如月アリシアです。今日から皆さんと一緒に勉強させていただくことになります。よろしくお願いします」
俺とほとんど一緒の外見をしたアリシアがそこに居た。
調べたところ私とアリシアの外見は、概ね一緒だけど、遺伝子的には親子くらいの違いがあるらしい。理由はわからないけど。
実際ほくろの位置とか、違っているところが何箇所かあった。
自己紹介が終わって、俺のときにもあった質問タイムが始まる。
「如月アリスさんとの関係は!」
当然の疑問だよね。
アリシアと俺は従姉妹ということにしてある。姉妹にすると将来籍を入れるときに面倒かもしれないからとか、なんとか。
いや、どちらにしろ、この国では、まだ同性では籍を入れることはできないのだけど。
アリシアは頬を赤らめながら宣言する。
「アリスさんは……わたしの恋人です!」
あちゃぁ……そう来たかぁ……
アリシアの爆弾発言に湧き立つ教室。
あちこちで、建立されるキマシタワー。
騒々しい非日常が俺の日常なのだろう。
平穏な日常はもう諦めた。
どんなことがあっても、彼女と一緒だから。
二人で笑っていられると思う。
True End.




