二日目の朝
「いい加減、おーきーろー」
俺の体が揺れている。
「アリシアあともう少し……」
だけど揺らす勢いは収まる様子はなくてむしろ強さを増していく。
「お兄ちゃん。あたしはアリシアじゃないわよー、いい加減起きなさいー」
違和感を覚えた俺は目を開く。
妹の優奈の顔が目の前にあって――どうやら俺は優奈に抱きかかえられるようにして体を揺さぶられているようだった。
密着した肌から伝わる優奈の柔らかさと、今まで優奈から感じたことの無いような、ふわっとした甘い匂いに鼻孔をくすぐられて。
――俺は慌ててベッドから飛び起きた。
「あ、起きた……おはようお兄ちゃん」
「……なっ、なっ、何してるんだよ!?」
少し涙目になりながら妹に抗議する。いくら仲が良い兄妹といっても兄のベッドに潜り込むのはやりすぎだ。反応しそうなモノはもう無くなっていたのは不幸中の幸いだった。万が一妹に反応してしまっていたら自己嫌悪どころの話じゃない。
「だって、お兄ちゃんったら全く起きないんだもん。起きないならお布団入るよーって言っても返事なかったし」
「だからって、抱きつくのはまずいだろ!? 兄妹なんだぞ!」
「今のお兄ちゃんとあたしは姉妹だからこのくらい問題ないよ。それより起きたならさっさと朝ご飯食べちゃってよ、ママが片付けられないって言ってたよ。それから、アリシアにも挨拶したいから念話をよろしくね!」
「……へいへい」
俺は念話を発動させてベッドから降りる。
『おはよう、アリシア』
早速優菜がアリシアに挨拶をしていた。
『おはようございます、ユウナさん』
『……名前』
『ごめんなさい……ユウナ』
『うん、それでいいわ』
いつの間にかアリシアと優奈が仲良くなってる?
昨日ふたりで話してたからだろうか。
アリシアが優奈と仲良くなるのは素直に嬉しかった。
「お兄ちゃんなに見てるの? 早くリビングに行きなさいってば!」
照れ隠しに声を荒げた優奈から逃げ出すように俺は部屋を飛び出した。
……このツンデレめ。
階段を下りてリビングに入ると優奈の言う通り、テーブルの上には俺の食事だけが残っていた。時刻は9時40分、昨日の疲れからか随分寝過ごしてしまったようだ。
「おはよう母さん……ごめんよ、寝過ごした」
台所に立つ母さんに朝の挨拶をする。
母さんは流し台での作業の手を止めないで返事を返してくる。
「おはよう、幾人、アリシア。二人共よく寝れた?」
『はい、おかげさまでゆっくり休めました』
「俺もぐっすりだったよ」
「それは良かった。それじゃあ、ちゃっちゃとご飯食べちゃって……食べたらお買い物に行くんだから」
そういえば、昨日そういう話になったんだっけ。
以前買い物につき合わされたときに、延々と引きずり回されて荷物持ちをさせられたことを思い出して俺は顔をしかめた。
この体で荷物持ちをさせられることはないだろうけど、買い物の目的を考えると正直めんどくさくてげんなりとした気持ちになる。
「そんな顔しないの、ほとんどあなたのための買い物なのよ?」
アリシアの体になった俺は以前の服が全く合わなかった。優奈のお下がりがいくつかあるものの普段着まわすには圧倒的に数が足りない。それに、下着はちゃんと自分用のものを用意したい……この際女性用のものになるのはもう諦めた。
だから、買い物に行くのは仕方ないとは言え、着せ替え人形にされることを考えると気が重くなる。
「別にいいよ嫌なら無理に行かなくても。あたしとママでお兄ちゃんに似合う可愛い服を買い揃えてあげるから」
う……それはそれでなんだか嫌な予感しかしない。この二人に任せると女の子女の子したかわいいデザインのものしか私服が無くなる可能性がある。せめて普段着くらいはジーンズにTシャツとか楽な格好をしたい。
「……わかった、俺も行くよ」
俺は自分の心の平穏を守るために戦場に赴く決意をした。
「だったら、早くご飯を食べて着替えてらっしゃい」
「気替えは用意して部屋に置いてあるから!」
『ユウナが用意してくれた服楽しみですね! イクトさん!』
テンションの上がるアリシアとは裏腹に、俺はユウナの選んだ服に不安しか無かった。
ご飯に味噌汁ベーコンエッグといった、シンプルだけど満足度の高い朝食を終えて自分の部屋に戻った俺は、並べられた着替えを見て戦慄する。
『とっても可愛いですねイクトさん!』
『お、おう』
用意されていたのはピンクのジャケット、白のブラウス、赤とブラウンのチェックのミニスカート、黒のオーバーニーソックス、白のキャミソール。
それから、ピンク地にファンシーな柄とワンポイントのリボンが付いた揃いのハーフトップとショーツは新品だった。
どうやら、昨日の夕飯の買い出しの際に優奈が購入してくれたようだ。妹の下着を身に着けるのはダメージが大きかっただけに、そこは助かった。
『……どうしたんですか? 早く着替えないとみんな待ってますよ』
『……そうだな』
なんとか着ないですむ方法を考えたが、何も思いつかなくて俺は諦めて着替えることにした。
ブラウスのボタンが左右逆で手間取ったりしながらなんとか着替えることができた。
用意された服に着替え終わって、最初に感じたのがミニスカートの心許なさだった。露になったふとももあたりがスースーしてまるで下に何も履いてないようにも感じる。それに、注意していないとすぐにパンツが見えそうで不安になる。
着替え終わってリビングに戻ると、女性ふたりからの歓声が俺を迎えた。
「あらあら、素敵ねぇ」
「お兄ちゃんすごく似合ってる……さすがあたし!」
二人の声に困惑しながらリビングに置いてある姿見の前に立つ。
俺の部屋には鏡がないため、自分が今どんな格好になっているか確認できなかったからだ。
鏡にはふんわりとした暖色系の服装にプラチナブロンドが印象的なかわいい女の子が立っていた。
ミニスカートとオーバーニーソックスの間にできた絶対領域が眩しい。
こんな娘が街中を歩いていたら間違いなく目で追ってしまうだろう。
不安げな仕草がまた庇護欲を掻き立てる……って、ここまで考えて、目の前に映っているのが自分自身であることに気づいて溜息をつく。
……俺はアホか。
鏡の中の俺は呆れた表情で自身にツッコミを入れている。
こんな表情も様になっているのが、ずるいなと思った。




