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異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた  作者: 瀬戸こうへい
第五章 Alicemagic

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イルカとカモメ

「明日、日帰りで家族旅行に行こう」


 海外から家に帰って来た父さんは、新年の挨拶が終わって早々にそう宣言した。冬休みも終わりに近づいたある日の事だった。


「そういえば最近家族で旅行して無かったわね……いいんじゃないかしら」


「あたしも賛成!」


 早々と家族の過半数が賛成に回った。

 かくいう俺も異論は無い。宿題の残りが若干気掛かりだけど……最悪、優奈に泣きつけばなんとかなるか。


「それで、明日の行き先はアリシアに決めて貰おうと思ってる」


『え、えっと……わたし、ですか?』


 不意に自分の名前が出てきた事に戸惑うアリシア。


「うん、アリシアと一緒に行く初めての家族旅行になるからね」


「日帰りで行ける場所だと、私達は行った事がある所ばかりになるから遠慮はいらないわ」


 父さんの言葉に母さんが補足する。


「観光ガイド持ってきたから、一緒に見て決めようよ!」


 いつの間にか観光ガイドを持ってきていた優奈が俺の横に椅子を寄せて座り、雑誌のページを広げて一緒に見る体勢になる。


『うわー、うわー! ……どこも楽しそうです!』


 ガイドブックをめくると、観光地や施設、それから名産品やレストラン等の写真が色とりどりのっていた。

 各ページ一通り文章に目を通してからページをめくっていく。

 ページが変わるたびにアリシアの歓声があがって、一緒に見ている俺達も自然と嬉しくなる。


『あっ……』


 そのページを見たときのアリシアは、明らかに反応が違っていた。

 そこにあったのは水槽に魚、イルカにペンギン等の写真。


『わたし、ここ……水族館に行ってみたいです!』


 その一声で俺達の明日の予定は決まったのだった。


   ※ ※ ※


 翌日、俺達は父さんの運転するワンボックスカーで旅行に出かけた。目的の水族館は高速道路で三時間程の距離にある。


 俺は助手席に座って流れる風景を眺めていた。

 道路から街や施設が目に入る度に、その詳細をアリシアがテンション高く解説してくれるので道中全然飽きがこない。

 さまざまなジャンルの本を乱読しているアリシアの知識は、特に雑学の分野で完全に俺を上回っていた。


『サービスエリアですか……旅の途中に寄った宿場町を思い出しますね。行先も目的も異なる人達が集う独特な雰囲気を感じます』


 途中立ち寄ったサービスエリアでは、いつの間にか種類が豊富になっていた地元のお土産品を見て回り、道中で食べる用に購入した。

 ……なかなか美味しかったので、帰りに蒼汰達に買って帰ってあげようっと。


 そんな感じで、体感時間ではあっと言う間に目的地に到着した。


『うわー! 大きいですっ!』


 目的の水族館は、海に面して建てられたこの地域最大の施設で、入口からは見上げる高さの建物が視界一杯左右に広がっていた。

 俺達は受付を済ませて館内に入り、順路に従って歩く。


『お魚が一杯です……!』


 毎日湖の祭壇で祈りを捧げていたアリシアは、水中の生物に対する思い入れが深いらしい。

 祈りを捧げてる間にちょっかいをかけてくる人懐っこい魚の話とか、水棲モンスターに襲われている水の精霊を助けた話とか、アリシアの思い出話を聞きながら、俺達は薄暗い廊下を歩いて行く。


『それにしても、この世界にはいろんな種類の魚がいるんですね! 熱帯のお魚は色とりどりで素敵ですし、深海に住むお魚はおどろおどろしさが癖になりそうです……』


 やがて、高さ三メートル程ある壁一面の巨大水槽がある広場に辿り着いた。この水族館最大サイズの水槽で、この水族館の目玉のひとつだった。


『……すごい、まるで本当に水の中に居るみたいです』


 俺は何度か来たことはあったが、その都度ここの光景に圧倒されていた。


 人くらいの体長があるサメがゆっくりと迫る合間を、小さい魚の群れが隊列を組んで行先を変え、大きいエイが体をはためかせて横切り、我関せずの魚が岩陰に潜み佇む。


『ほんとうにすごいです……』


 ダイナミックに躍動感溢れる光景でありながら、音は無く静寂に包まれている不思議な空間に俺達はすっかり心を奪われていた。


『アリシア、異世界の魚はこの世界の物と同じ形をしているのかい?』


 父さんが念話でアリシアに話しかけてくる。こういう静かな場所で会話するのに念話は都合が良い。


『そうですね。わたしが見たことのあるものはそれほど種類は多くはないのですが、基本的な形状は一緒だと思います』


『そうか……異世界で独自に進化を遂げた生物が我々の世界と似たような姿形になると証明されているなんて、生物学の教授が知ったら腰を抜かすだろうな』


『そうですね……ただ、あちらには魔物や魔獣といったこの世界には無い生物も存在していますけど』


『そのあたりは、我々の世界には無い魔法や祝福が関係しているのかもしれないな』


『ただ、この世界でも伝説上の生物としては魔物や魔獣と思われるような存在も出てきていますので……もしかしたら、この世界にも昔は魔法のようなものがあったのかもしれませんね』


『それはとても興味深い話だね。でもそうなると何らかの理由でこの世界から魔法が失われたことになるが……』


 父さんは何か考え込んでいるようだった。


 半分くらい巡ったところでお昼どきになったので、水族館の中にあるレストランでランチにする事にした。


 段々になった屋根を利用して作られたレストランは全面ガラス張りで海を一望できる展望の良いお店だった。

 屋根の部分が広いルーフバルコニーになっていて、屋外にも座席が設けられていたが、流石に今の季節に外で食事している人はいなかった。


 当然と言っていいのか微妙なところはあるが、おすすめメニューはシーフードだった。俺はシーフードパスタを注文した。

 窓の外の海を見ながら注文が来るのを待っていると、海上に白い鳥が群れをなして飛んでいるのが見えた。


『綺麗な鳥……』


「あれはカモメだな。寒さを凌ぐ為に北の国からやって来た渡り鳥だ」


 父さんがアリシアにそう説明してくれる。


「渡り鳥と言えばアリシアの居た神殿の湖でも見かけるんだっけ。たしか……」


 俺は以前アリシアに聞いた話を思い出しながら言った。


『ミグラトールですね。カモメと同じ白い翼が印象的な渡り鳥です。毎年湖にミグラトールがやって来ると冬の訪れを実感していたものです。そして春になるといつの間にか居なくなっているのです……』


 アリシアの口調はどこか寂しそうだった。

 身寄りもなく神殿で育ったアリシアは、大空を自由に飛び回る渡り鳥に思うところがあったのだろうか。


「お待たせしました。特製シーフードパスタのお客様ー」


 そのとき、ウェイトレスのお姉さんが料理を運んで来た。

 目の前に置かれたのはエビや貝等がたっぷり入ったクリームパスタで。


『美味しいです!』


 施設併設のレストランなのであまり味には期待はしていなかったのだけれど、予想以上の美味しさで思わず俺達は舌鼓を打ったのだった。


 食事を終えた俺達が少し休憩をしていると、場内アナウンスでイルカのショーが始まる事が告げられたので、俺達はそれを見に行く事にした。


 イルカの調教師のお姉さんが合図をするとイルカが飛び上がって輪をくぐったりボールを使った芸をする。


『イルカって賢いんですね……』


 魔獣以外でイルカのような大型の水棲生物を見たのは初めてだったアリシアは驚き、芸をするその姿に歓声をあげていた。


 続いてイルカとの触れ合いタイムがあり、イルカに触る事が出来た。


『なんだかつるつるしてます……!』


 イルカの体は濡れたゴムのような不思議な触り心地だった。


 その後は、よちよち歩くペンギンを見たり、再び大型水槽に戻ったりして全力で水族館を満喫した。


 最後に館内のショップでいろんな雑貨を見て回る。


『わわわっ、イルカのぬいぐるみです! 大きい!』


 アリシアが目をつけたのは、今の俺の背丈程ある大きなイルカのぬいぐるみだった。


『イクトさん、ちょっとそのぬいぐるみをぎゅーってして貰っていいですか?』


『う……わかった』


 ぬいぐるみをぎゅーってしている自分の姿を想像して、一瞬怯むがアリシアのお願いを無碍にはしたくない。

 覚悟を決めてイルカのぬいぐるみを持ち上げて、両手で抱きしめる。


『ふわぁ……ふかふかできもちいいです……』


 両手が回るくらいのイルカは丁度良い抱き心地だった。しばらくその感触を堪能する。


「おう、アリス。それが気に入ったのか?」


 そんな俺をいつの間にか父さんが見ていてニヤニヤとしていた。

 慌てて俺はぬいぐるみを離して棚に戻す。名残り惜しげなアリシアの声が脳内に響いた。


「こ、これはアリシアの希望だから、私の意思じゃなくて……」


「別に照れなくていいじゃないか。ぬいぐるみを抱っこしている姿はとても愛らしかったぞ?」


 父さんは面白そうに言う。


「……ぐれるよ」


「冗談さ……よし、お詫びじゃないが父さんがそれを買ってやろう」


『本当ですか!』


「なっ……わ、私は……!?」


 こんなぬいぐるみがあるなんて、まるで女の子の部屋みたいじゃないか!


 今の俺の部屋は、姿見が置かれたり小物や服は入れ替わったりしたものの、ぱっと見は以前と大差なかった。だけど、こんなかわいいぬいぐるみが入ったら一気に女の子っぽい部屋になる気がして。


「アリシアにプレゼントだよ……それとも、アリスは反対なのかい?」


『……イクトさんは嫌なのですか?』


「……嫌じゃ、無い」


 だけど、こんなに欲しがるアリシアの様子に、断る選択肢なんて俺には無かった。


『ありがとうございます! イクトさん、お父様!』


「……父さん、ありがとう」


 会計を済ませたぬいぐるみは袋に入れずにそのまま受け取って両手で抱えた。

 ……アリシアがそうしたいんじゃないかって思ったから。

 本物と違ってふかふかの体表に顔を埋めてぎゅーってする。

 正直こうしていると気持ち良くて、とても落ち着く。


 家族だけじゃなくて周囲の視線が全部微笑ましいものを見る風になっている気がするのも、イルカで視界を隠してしまえば気にならない。

 ……そういうことにしておこう。


 帰りの車は母さんと場所を代わって貰い、イルカを抱えたまま後ろの座席に座った。

 はしゃぎ過ぎて眠気が襲ってきていたので。

 車が動き出すとまるで揺り籠に揺られているかのようで、うつらうつらと記憶が飛び飛びになる。


『ふわぁ……わたし、今日はもう休みますね』


 アリシアからいつもより早めに同調を切ると告げられる。

 どうやら、アリシアも疲れたようだ……多分、昨日の夜は同調を切った後も記憶から観光ガイドブックを呼び出して、何度も読み返していたのだろう。


「わかった……」


『皆さんおやすみなさい。今日は本当に楽しかったです、ありがとうございました』


「おやすみ、アリシア」


 家族がアリシアに返事を返してくれた。

 同調が切れる感覚がして――欠伸が出る。


 俺ももう限界だった。


 途中のサービスエリアで蒼汰達へのお土産を買うのを母さんにお願いして、俺はイルカを抱きしめたまま意識を手放した。

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