番外編 お正月の銀髪巫女
俺の名前は音成十蔵、平山高校一年生だ。
正月三箇日の最後の日である今日、俺は一人で神社に来ている。
例年一緒に初詣をしていた男友達のマツリは、最近できた彼女と二人で外出するとの事らしい。
片思いだった娘に告白して玉砕したマツリは、そんな奴を見ていたというクラスメイトの女子に告白されて付き合うようになった。
「振られて直ぐに別の娘と付き合うのって不誠実じゃないかな」
なんて面倒くさいことをマツリが言ってたけど、
「そんなの手前が付き合いたいかどうかで決めやがれってんだ。世間体とか言い訳にするのはその娘に失礼だろ」
と俺が背中を押してやったんだ。
付き合うことになったと紹介された海江田純という女子は自分の事をボクと言う少し変わった娘だったが、話してみると世話焼きで情の深い良い女だった。小柄なのに出るところは出ていて羨ましい限りだ。
尻には敷かれそうだが、マツリには丁度良いだろう。
……よかったな、マツリ。
冬休み前に付き合い始めてクリスマスもあったというのに、どうやら、まだキスすら出来てないようだ。
それなのに、今日マツリは彼女の家にお呼ばれしているらしい……ご愁傷様だな。
これからも、せいぜいからかってやろう……もてない男の僻みを受けるくらいはしてもらわねぇとな。
そんな訳で俺は今年の正月は一人寂しく初詣となった訳だ。
本当は、一つ下の妹が一緒に来たがっていた。だけど、妹は受験生だ。一番大切なこの時期に初詣に行って風邪でも貰ったりしたら大変なことになるから、と説得して家に居させたのだ。
「……しっかし、混んでるな」
俺は人の多さに思わず独り言をこぼす。
正月だし神社が賑わっていて当然なんだが、3日にもなればいつもならそれなりに落ち着いているはずだった。だが、今年はなんだか例年よりも随分人が多いような気がする。
境内に進むと売店あたりが特に込み合っているようだった。
不思議に思いながらもまずは参拝を済ませることにした。
俺の妹は俺なんかと違って医者になるっていう立派な夢がある。それを叶える為には良い学校に行かなければならない。
あいつがどれだけ頑張って来たかは俺が良く知ってる。こんなところで躓かせる訳にはいかねぇんだ。
俺の事はどうだっていい。だから、頼むよ神様……
賽銭は奮発して500円玉を投げて念入りに祈っておいた。それから、お守りを買う為に売店に向かう。
……しかし、なんでこんなに人が多いんだ。
人混みの中を押されるように少しづつ進んで、ようやく売店に辿り着く。そして、不意に見覚えのある顔を見かけた。
「あれは……妖精さんじゃねーか」
売店で働く巫女さんの中でも一際目立っているちっちゃい娘がいた。それは、見間違えようも無い、マツリが以前告白した如月アリスという女子だった。
銀髪に高校生と思えない幼い容姿が印象的な彼女が、ややサイズの合ってない巫女服を来てぱたぱたと動いている様子は小動物を見ているようで、なんとも微笑ましく思える。
この様子を一目見ようと来ている人が多いから混雑しているのかもな……なんとなく御利益ありそうだし。
「あれ? あなたは、山崎くんのお友達の……ええと……エロ本の人!」
俺に気づいたその娘は、そんな風に俺に話しかけてきた。
「音成だ。別に憶えなくてもいいが、その呼び方はやめてくれ……」
容姿に似つかわしく無い単語が出てきて、周りの人がぎょっとしてるじゃねーか。なんだか、周囲の人が俺を見る視線が冷たくて痛いし……
「わかった。ごめんね、音成くん」
この娘は全く悪気の無さそうに言うから始末が悪い。
「それで何を買うのかな……恋愛成就の御守りとか?」
「いや、それはいらねぇよ」
「……彼女いるんだ?」
意外そうな顔をすんじゃねーよ。
……まあ、実際居ないけどな。
「今は付き合うような余裕がないだけだ。健康祈願と学業成就の御守りを頼む」
「……意外に優等生?」
「俺じゃねぇよ、妹だ。今年受験生でな」
「そっか……いいお兄ちゃんなんだね。はいどうぞ」
俺はお金を払って御守りを受け取ると、再び人混みをかき分けて人混みから出て、一旦境内の裏で休憩することにした。
「うわ……すげぇ回数転載されてる」
試しにスマホのつぶやきアプリで神社の名前を検索してみると、神社の公式アカウントがあってそこに神社の様子とか巫女さんの写真が載っていた。中でもくだんの妖精さんの写真はやたらと転載されていた。「銀髪巫女萌え〜」とか返信がついていたりするし。
こりゃ人も増える訳だ。
そんな風に思ってると何だか周囲がざわついてる気がして。顔を上げると話題の当人が息を切らして俺の目の前に立っていた。
「良かった……まだ居た……」
「俺? ……何か用か?」
彼女とはマツリを通じて何回か話をしたくらいの付き合いしかない。
……お釣りを間違えていたとか?
「これを、音成くんに渡したくて……」
そう言って差し出されたのは、
「家内安全の御守り?」
俺は渡された御守りを摘み上げて目の前に掲げてみる。
「私からのプレゼント。もちろんお代はいらないから」
「……どうして、これを俺に?」
俺は相手の意図がわからずに訝しげに聞いた。
「……その、知り合いの話なんたけど……受験のときに兄が大変な事になって受験に集中できなかった子が居たから、音成くんは自分も大事にして欲しいって思って……ごめん、変だよね。自己満足みたいなものだからあまり気にしないで」
なるほど、それで合点がいった。
「サンキュな。それより大丈夫だったのか、仕事抜け出したりして……」
「うん、そこは問題ないよ。丁度休憩時間だったから、仕事を放り出して来たとかじゃないよ!」
「そうか」
少し安心した。
それにしてもこの娘は本当に物怖じしないな。自分で言うのも何だか、俺は体がでかくて目付きも悪いから、初対面の相手(特に女子供)には怖がられる事が多いのだ。
だが、まあ、それも納得はできる。
この娘が付き合っていると噂の男はヒラコーの狼と呼ばれているこの学校の影の実力者で、一人で不良グループのウロボロスを壊滅させたと噂されている。
なんでもその男はこの学校で四人の女を囲っていて、その一人がこの娘だいう話だ。
さらに、復活したというウロボロスがリベンジするという噂もあったが、最近になってそれも聞かなくなった。再びヒラコーの狼に壊滅させられたというのがもっぱらの噂となっていた。
同じ学校で顔見知り程度に知っているウロボロスの関係者にその辺りの話を聞いたところ、何かに怯えた風に決して口を割ろうとしなかった。
恐れられているのは男だけではなく、彼女も白銀の魔女と呼ばれて畏怖の対象になっているという噂もある……流石に眉唾だろうが。
とにかく、目の前の少女を外見のままのか弱い存在だと思うのは間違いだろう。そして、俺の直感もそれを肯定していた。
俺達はしばらく雑談してグループチャットのアドレスを交換したりした。
「……それにしても、何でこんな俺に話しかけようだなんて思ったんだ?」
「うーん……同じ巨乳派のよしみ、とか?」
「くくっ、なんだよそれは……」
冗談にしても皮肉がきいている。なにせ、目の前の少女は完璧に幼児体形で胸は真っ平らもいいところだからだ。無い物ねだりというやつなのだろうか……つくづく面白い女だった。
「それじゃあ、今日のお礼に俺のおすすめの本をやろうか?」
「……い、いいの? あ、いや、その……やっぱりいい、です……」
何かを思い出したのか、何故だか急に顔色が悪くなった少女を不思議に思いながら、その日は別れた。
後日、良い画像が手に入ったときに思いついてメッセージで送ってみたら、割と嬉しそうな反応が帰ってきて――ますますよくわからなくなった。
それからというもの、ときどき良さげな画像を見つけたら彼女に送信するようになった。
家族に見られないようにしてるのか、既読になるのはいつも夜の時間で、大体一言乳や尻についての感想がメッセージで帰ってきた。グッとくるポイントが俺の趣味と一致してて、とてもわかっていた。
まるで男のダチを相手にしているように思えて――このアカウントは別人のアカウントを教えられたのではないか疑いたくなったのは一度や二度では無い。
レズビアン……いや、バイセクシャルなのか……? と悩んだこともあったが、そのうちどうでも良くなった。
その後もリアルの接点は全く無いままに、俺達の不思議な関係は続いたのだった。