7.戦うと決めたから
真っ白なウェディングドレスを着飾り、ティアラを被り、ゆっくりとテラスに向かう。城の外では、国民たちがこの瞬間を心待ちにしている。自分から何かを切り出す勇気が、今の彼女には必要なものだった。しかし、戦うと決めたのだ。もうあとには引けない。後ろについてくる侍女たちは深い事情など何一つ知らないから、この結婚式に喜びと期待しか感じていないのだろう。
「みんな、今までありがとう……我侭なお姫様でごめんなさい」
「らしくないですねエリお嬢様――」
侍女の一人が陳謝と感謝の言葉を述べるエリの表情を見て微笑む。
「今日はあなたの晴れ舞台です。どんなわがままでもきっとみなさんは聞いてくれますよ」
冗談らしく言った言葉に、エリの表情が固まった。
「国のみんなが幸せになるための今日だもんね……」
表情が固まったというよりは、決意が固まった、そんな顔だった。
きっと上手くやっているだろう――ダビス=デイマンは執事室に向かった二人の男の働きを思い浮かべながらテラスにゆっくりと向かっていた。それを呼び止めるエリシュマンとリクという二人の男の声。
「おい、ダビス=デイマン!! この国を乗っ取ろうだなんてタチの悪いこと考えてんじゃねえぞ!!」
リクが声荒げた。その叫び声に、反応したかのように大勢の兵士たちが現れた。援軍か――自分たちの動きを察知して一緒に戦うことを決意してくれたのか、とリクは思わず期待に満ちた表情を浮かべる。そこに走ってやってきたのは、倒れていたはずのレオナルド。
「気をつけろ! ダビスは、この城の兵士の一部を掌握してる!! もうこの城はあいつのものだと思っていてくれ!!」
レオナルドの叫び声が、かえってリクとエリシュマンを冷静にさせた。レオナルドも、バカみたいに長い物干し竿を持って後ろからやってくる兵士を食い止める。ダビスはその様子を歯牙にもかけぬようすで前からやってきた兵士の間を通り抜けていく。エリシュマンが剣を構えた。
「ここは私とレオくんに任せてください。あいつを倒せるポテンシャルがあるのはリク君……君だけだ」
おそらく単純な剣の腕ならエリシュマンのほうが圧倒的に上だろう。それでも執事長は感じていた。リクの決意の固さを、眼光の鋭さを、内に秘めた強さを。彼ならばダビス=デイマンをも倒せると――自分よりも、確実に、倒せるであろうと確信していたから行かせた。対峙する兵士たちはかつての仲間だ。斬り合うのには少し躊躇がある。
「お前ら――姫様への忠誠もクソもあったもんじゃねえな。大逆罪でぶち殺す」
そう言う自分も、未来への国王となるかもしれない男に対する忠誠があったものではないな、と自らを嘲笑うと、襲いかかる兵士たちをひとりひとり王家剣術を使って倒していった。
国民の前に立つエリ。真っ白な衣装に着飾った彼女の姿は潔白さを思い描かせる。そして、彼女も今、心の中をすべてさらけ出そうとしていた。
「みなさん、今日はわたくしのためにこの場に集まっていただきありがとうございます」
エリの晴れ姿を見て国民たちは盛り上がる。彼女の普段見ない美しさ、見ないうちに大人らしく育たれた様子。とうとうこの日がやってきた。国民たちは湧き上がる。
「ここで、大変申し訳ないのですが、わたくしは皆様に隠していたことがありました。皆さんに私の最後に3つのわがままを聞いてください……」
沸き立つ国民の声はその不穏な表情に、静まっていった。
「まず一つ目――先代国王の死の真相を話させてください。先代国王は、内政悪化による自殺と報じられてきました。しかし、真相は違うのです! 本当は……本当は……」
その重苦しい言葉とともに、右目から涙がめまぐるしく流れてくる。左目は綺麗な前髪に隠されて見えていない。
「……本当は、ダビス=デイマンによって殺害されました!! 彼が国を掌握するために殺した、計画的殺人によって死んだのです!!」
その叫び声は、助けを求めているかのようだった。国民は絶句した。冗談なのではないのか? 何を言っているんだあの少女は? このような場で吐く冗談なのか? と様々な疑念が一気に浮かび上がる。悲痛な叫びの後ろで、ひとりの男がテラスに現れた。
「……ひどいですね王女様……これから旦那となり、国王となる私の評判を徒に下げるような発言をされるとは……」
「だ、ダビス……」
エリの表情は途端に恐怖に変わる。その表情を確かに捉えた国民たちは、彼女の吐く言葉が嘘ではないのではないかと思い始めた。
「本当だ!! これをみろ!!」
レオナルドがテラスよりも更に高い位置から、とある書類をばらまいた。国民の手にその書類がばら蒔かれる。その書類には、国税の行き場と、国王殺害方法と、その他色々、兵士を買収して悪行させたりといった愚行の数々が綴られていた。エリは満足そうに笑うと、レオナルドの方を見て、親指を立てる。
――あ、かわいい。王女様の笑顔に思わず見とれるレオナルド。
「二つ目を。私は王女という立場になります。しかし、今から国王となる立場のこの男と戦うという我侭を聞いてください」
「……ふん、お前に何ができるというのだ? まだ未熟な……」
ダビスは少々あきらめた様子で両腕を伸ばした。国民から反発の声が上がる。今、国内はダビス排斥の動きに変わった。その声に押されるように、エリはウェディングドレスを脱いだ。普段着にも見える白いドレスが露になる。そして、ドレスの中に隠し持っていたと思われる剣がまっすぐ伸びていた。
「私の剣の腕を聞いたことがなくて? あなた本当に私と結婚する気あったの?」
「……もう全てがむちゃくちゃになった……もはやどうでもいいそんなことは!!」
今まで装っていた平静が打ち砕かれた。ダビスは化けの皮を剥がしたかのようにタキシードを脱いだ。露になるのは、禍々しい角と肉体。
「私は魔人だァ……竜姫のせいで全てが変わってしまった哀れな魔人だァ……構わんだろ一つの国を乗っ取ることくらいやったってよぉ……私がこの国に来てからどれだけのことを我慢してきたと思っているぅ……?」
「国民に重税を課して贅沢な暮らしをしているあなたが何を我慢してきたっていうのよ……許さないわよ。国民を騙してきたあんたも……それに気づきながら戦おうとしなかった私のことも……」
エリシュマンと同じように刀を構えた。王家剣術だ。
「所詮は小娘……大したことはないだろうぅううう!!」
狂ったように鋭い爪をエリに向けた。その後ろから一人の少年が刃を向ける。
「行くぞルビー!!」
刀に融合されたルビー。剛火を纏った剣の鋒がダビスという魔人の体に刺さる。リクがテラスにやってきたのだ。
「効かぬぞぉお!!」
強靭な上腕二等筋が刀ごとリクを弾いた。背中の傷がみるみるうちに修復している。
「私は魔人、私は魔人だぁあああ! この国を魔人として掌握してやるのだぁああああ!! 国民よ、恐怖に怯えながら発展していくこの街で過ごすがいいぃいいいい!」
ダビスの言葉に、エリは哀しそうに笑った。
「国民の皆さん、最後のわがままです。 私がこの男に勝ったら、執政権を持つ国王の立場がいなくなります。しかし、みなさん、幸せに過ごしてください!!」
右手を伸ばして刀を振るう。素早い鋒の動きにダビスは対応できないが、入っていく傷はたちまち治っていく。素早く動く右腕ときりっと据えられた視線を持つ顔に汗が流れる。一切与えられないダメージに、焦りが見られる。心臓を一突きすれば或いは――と考えるが、そんな余裕は彼女に残っていない。右腕に疲れが見られた。普段ならもっとやれるのに――
「ルビー、ミズ、一気に片付けるぞ……」
後ろでゆっくりと起き上がるリク。ルビーとミズを一気に召喚し、刀に融合させる。エリも戦っているのだ。俺達は戦うとタカを括った以上、戦わなければならない。
「ダビス……お前の相手はこっちだ……」
炎水相克つ。ルビーの翼のように広がる剛火と、ミズによって生み出された刀身にまとわりつく渦。たった今、これまでの最高傑作とも言える契約媒体の武器が完成した。エリと戦うのをやめ、後ろを振り返るダビス。不敵に笑っている。
「炎と水か。混ざっただけで大した威力ではないだろう。さあ来てみろよ!」
強くダビスを切りつける。先ほどよりも深い傷にはなったが、やはり高い治癒力に大ダメージは与えられない。もうひと振り、もうひと振りと次々に切りつけていくが、何しろ剣術のセンスがリクにはない。どうしても隙だらけになってしまう。
「そんなんじゃだめ! もっと脇締めて! 手先に力入れるんじゃなくて、足腰の力と体を振り子みたいに勢いをつけることを意識するのよ!」
エリから怒号が飛ぶ。そんなこと言われたって――リクは必死に剣を振るう。その一撃は、確かに大きく重いのだが、その間隔の大きさが、ダビスに回復の時間を与える大きな要因となっていた。
「死ねッ! 魔人玉!!」
右腕に魔力が立ち込める。バスケットボールくらいのサイズになった魔力による塊が、右手の先に出来上がった。
「死ぬもんか!! この国を…エリさんを…救うまで絶対に!!」
下から、足腰の力をそのまま上体に伝えるかのように剣を振り上げた。剣術などあったものではない。しかし、荒削りながら、魔獣の力を最大限に発揮したその刀は、ダビスの右腕を切断した。
「!!?」
エリは思わず驚いた。そう、右手が吹き飛んだこともそうだが、今の一瞬の間に、体の動きが良くなっていたことだ。リクの火事場の馬鹿力というやつなのか――。
喜びは瞬時に絶望に変わる。右手に作られていた魔人玉が、エリの方に向かって飛び出した。リクは間に合わない。侍女たちはすっかりテラスの端で怯えている。国民の絶望の声は下から上へと飛ぶだけだ。その時だった。テラスの入口の暗闇から、血塗られた真っ赤なスーツを来た男が猛ダッシュで現れた。
「エリ様!!」
飛び出した魔人玉は、エリの方向をしっかり捉えている。エリと魔人玉の間に瞬時に入るスーツの男。
「エリシュマン!?」
エリの叫び声が響いた。魔人玉は、彼の脾腹を確かに捉える。衝撃が体内を響く。胃の中をメスで掻き回されたかのような痛みとともに、血を口から吐き出した執事長エリシュマン。リクも侍女たちも、その光景に絶句した。確かに両足をついて立っていたはずのエリシュマンは、さらに赤く濃くなったスーツを着たまま、片膝をついた。
「ご心配なさらずエリ様――」
「ちょっと、エリシュマン! どうして、いくら執事だからって姫を守るためにここまでしなくたって……」
「私は……姫様を守りたかったのではございません。姫様がエリ様だからこそ、守りたかったのです。こうして、真実を話し、戦い、国民の幸せを素直に願っているエリ様を――守りたかっただけなのです」
エリシュマンの言葉に力が入らなくなる。ダビスの右腕が徐々に回復している。エリの目には更に涙が浮かんでいる。
「死んじゃいや! やめて! お願い!! これが、本当に最後のワガママだから……ごめんなさい、本当に最後だから……」
「馬鹿なこと仰らないでくださいよ……。先程の最後の3つの我侭、私が戦っているところでも微かにですが聞こえておりました。3つめなんて、我侭でもなんでもありませんよ。むしろ私は、エリ様の成長を喜ばしく思う所存にございます。それに私は……エリ様が死ぬまで死ねません。絶対に……だから、今の我侭も聞きませんよ」
強がってみせるエリシュマン。真っ赤なスーツは、果たして自身の血なのか返り血なのか、後者ならまだしも、前者ならばとっくに貧血を迎えているはずだ。こんなところに全速力で走れるほどの力など、残っているわけがない。
「エリ様、私の背中の剣をお使いください……あなたの持っているそれよりも、数段は良いものです。戦うと決意したのなら、必ず、勝つのです。私の稽古の最終試験です」
「……わかったわ。その代わり、黙って見てるのよ」
エリは涙を拭いた。エリシュマンの背中の剣を抜き、構える。ダビスの回復を待たずに次々と切り刻んでいく。右腕の回復に集中しているためか、傷の治りが遅くなっていた。倒すチャンスは、今しかない。
「ありがとうリクさん……私に戦う決意を促してくださって……」
王家剣術を巧みに使う彼女の、エリシュマンから託された刀の鋒は、まっすぐにダビスの左胸を貫く。何にも邪魔されることなく、ただただ柔らかい牛肉を斬っていくようにまっすぐと貫いた。




