5.私も戦う
コラルド王国執事長エリシュマンはリクとレオナルドにある一つの頼み事をした。
「姫の結婚式を中止させてくれ……」
一瞬言葉のあとに静寂が流れる。
「はぁ!?」
レオナルドが瞬時に立ち上がる。リクもびっくりしているが、エリシュマンは表情を特別変えるわけでもなくうつむいている。
「やっぱりダメか……申し訳ない」
「っていうかそもそも何で中止にする必要があるんですか? 国民の皆さんは望んでいることですよね?」
リクは先程の白に入る前のレオナルドの話との食い違いに違和感を覚えた。
「……姫の婿……ダビス=デイマンという男がいるのですが……そいつがどうも怪しくて……」
「ああ、あの国民に重税を課してるっていうあの……」
「ちょっ!」
レオナルドの言葉を受け売りにしゃべりだしたリクを制するレオナルド。その光景を少し笑うエリシュマン。
「いえ……まあそう思われるのも仕方ありません。何故なら…彼はその税で外交を進めていき、外堀を埋めてから内政を立て直していくのかと思いきや、贅沢な王家暮らしを満喫しているだけなのです……姫様の正式な婿となって暫定王座を設けたばかりに……」
エリシュマンは思いつめたような顔をしている。
「え、じゃあ悪い奴じゃん。ねえレオさん」
「あ、ああ……うん」
レオナルドの顔からは汗が数筋流れている。リクの正直で言いたいことをすぐ言ってしまうところに少し落ち着かない。
「だから……何か良からぬ目的があるのかもしれないと思って……我々姫派執事の三人とその計画を暴きたく思い、協力していただけないかと」
エリシュマンの言葉と共に、二人の執事が現れた。先程皇女を追っていたと思われる三人のうちの二人だった。先程と同じ黒スーツを着ている。少し疲れた様子を見せていた二人だが、そこまで暗くない表情をしていたため、無事姫さんを見つけられたのだろう、とレオナルドとリクの二人は安心していた。
「では、我々の計画をお伝えしたく思います」
エリシュマンが計画を話し始めた。隠密行動は執事たちが担当するとのことで、リクとレオナルドはいざ戦闘になった際に協力してくれるだけで良いとのこと。
「で、でも……僕たち5人だけでどうとかなるものでも……」
「……少なくともあの森で好き放題やっていたハンターを倒してしまうくらいに強いのであれば、きっと大丈夫です。あいつはコラルド王国で魔獣商をしており、こちらとしても拠点がつかめず手を焼いていたところでしたから…」
「へえ……やっぱあいつクズだったんだよ…倒して正解だったねレオさん!」
「……そうだね」
レオナルドは苦笑いしたが、何にせよ自分は一切戦闘をしたことがないものだから如何せん自信がない。この魔獣使いの少年なら或いは……と思ってはいたが――。
「それでは、明日、城の外れにある茶屋で再会しましょう。近くにある宿屋に連絡しておきましたのでそちらで休息をとってください」
「あ、ありがとうございます!!」
少し商会に帰るのが遅くなりそうだ、とレオナルドは思案した。しかし、リクの目的がどうやら竜姫によってもたらされた混沌の解消である以上、恩人のために協力しないわけには行かない――とは思っていてもやはり戦うのは怖い。
すっかり夕陽が沈み、辺りが暗闇に包まれる。城の灯りも徐々に消されていく中、皇女の部屋は依然として灯りがついていた。ドアを数回叩く音が聞こえ、皇女エリ=コラルは生返事をした。
「姫様……明後日の結婚式のことでお話が……」
入ってきた白スーツに白手袋の男に、エリは露骨に不機嫌そうな顔を見せる。
「……結婚式出たくない」
「……姫様」
口を一文字に結んで体育座りしている膝に顔を当てる皇女。真っ白なドレスにはシワ一つなく、照明が綺麗な金髪を照らしているが、暗く、どんよりとした雰囲気が彼女の回りを包む。執事長エリシュマンも眉尻を下げてその様子を哀しそうに見つめている。
「姫様…私が必ず何とかいたします。それまで待っていただけますか」
「……どうにかって?」
絶望している表情。左目が長い前髪で隠れている。右目にはうっすらと涙が溜まっている。両親が死んでからずっとこの調子だ。城を度々抜け出すのも、現実から逃げ出したいという願望があるからなのだろう。まだ15歳の少女。もうすぐで16歳を迎え、結婚できる年齢になるとは言えどまだまだ未熟なのだ。国のすべてを背負えるほど、その背中は大きくはない。
「……約束していただけますか、姫様」
「約束ってなによ……そんなもの、一回裏切られたら二度と信じられるものじゃないわ!!」
声を荒げた少女。エリシュマンの表情の悲哀が濃くなる。自分の情けなさが腹立たしくて、右手こぶしを強く握る。爪が刺さる掌と、心が痛かった。
もう一つ灯りがついている部屋があった。外務官の部屋である。
「デイマン様、いよいよあさってですね」
外務官で皇女エリの婿で暫定王座についている男、ダビス=デイマン。執事に声をかけられて、ワイングラスの中に入った葡萄酒を一口含む。
「ああ……ここまで来るのに三ヶ月も費やすとは思ってもいなかった……。これもお前たちのおかげだ、グレイス、シュドラ」
グレイスとシュドラは三ヶ月前にダビスと共にこの王国にやってきた彼の執事であり、皇女の執事も兼任している。皇女が幼い頃から執事だったエリシュマンら三人の執事とは、いつも行動が基本的に違う。
「例の計画……のことについてですが…」
「ああ、そういえばエリシュマンとかいう執事長がコソコソ動き回ってるんだよね。でも直接彼を始末するのもあれだし、外堀から埋めて行ってくれ」
「あ、はい。わかりました」
「怖いものなどもうない……あの皇女が変な気を起こさぬ限りはな」
ダビス=デイマンは口角をあげて笑った。グレイスとシュドラの二人の執事も同じ表情をした。ワイングラスの上で揺れ動く葡萄酒が芳醇な香りを放ちながら、外務官の部屋に立ち込めていった。
退屈さを感じていた皇女は、慣れた手つきで窓から抜け出した。箱入り娘の割に小さい頃から身体は丈夫で運動神経は良い方だった。そのおかげもあって、エリシュマンらをはじめとする執事らの厳しい剣術の稽古や弓矢の稽古はかなり得意だったので、外をひとりで出歩くのも何ら怖くない。護身用のためか、それにしては心許ないプラスチックでできた練習用の刀剣を持ち出していた。
夜風は涼しく、太陽が出ていた頃の蒸し暑さを忘れさせてくれる。夜空を見上げると、ダイヤモンドのように輝く星々が誰が一番かを競い合うように煌き合っている。住宅の朧げながら暖かそうな電灯も趣深い。食卓を囲む家族の愉快な声が聞こえてくる。どれも一人ぼっちの王室では味わえないものだ。
「お姫様がこんなところ歩いてちゃダメでしょ」
第一皇女エリは咄嗟に振り返り、剣を構えた。目には警戒の色が見えるのが、暗闇の中でも容易に察しがつく。
「あれれ……エリシュマンさんから聞いてないのか…?」
「……エリシュマンの知り合い? というよりもどうして私が姫だとわかるのよ」
背後に立っていた男の顔は暗闇でよく見えないが、声色は高く、怪しさは不思議と感じない。肩に小動物らしき何かを乗せていた。
「城の一番豪華そうな部屋の窓から脱出するとこ全部見てた。皇女様でもあんなに危ないことするんだね。僕はリク=エルバード。とある旅の戦士」
「戦士?」
ひとりでグダグダと話すリク。退屈のあまり宿屋を抜け出したところ、城の近くを通った時に脱走する皇女を見つけたようだ。不覚をとった皇女は剣を持つ手に力を入れる。
「何が目的なの……? 私が皇女だからこうして近づいているんでしょ?」
戦士の噂を、小耳に挟む程度には聞いたことのあるエリ。それがリクの怪しさを増長させた。
「まあ、そうだけど…」
この男、バカ正直だ。エリは不敵に笑うと、剣を持っていた右手を目一杯伸ばした。突きのように鋭く繰り出された鋒が、リクの頬を突く――が傷はつかない。
「いくらレプリカでもそんなもの振り回しちゃ危ないよ」
リクはけろっとした表情で笑ってみせた。頬に当たった痛みこそあるものの、傷は一切出ていない。見抜かれている――。不安がエリを襲う。一気に頼りなくなったプラスチックの玩具は滑稽な姿をしてエリの手元で伸びていた。さすがはエリシュマンの知り合いというだけのことはある。
――もしかして……
エリの脳裏をエリシュマンの「なんとかする」という言葉がよぎった。もしかして、この男の力を利用すれば、本当に何とかなるのかもしれない……。わずかな希望が、この日の一等星のようににわかに光った。
「ねえ、皇女さん。エリシュマンさんは明後日『戦う』って言ってたよ。俺らも戦う。だからさ……おこがましいことこの上ないかもしれないけど……皇女さんも戦おうよ」
「どういうことよ……」
「皇女さんがこの国を取り巻く問題を知らないわけないと僕は思ってる。もしかしたら俺たちが思ってる以上に複雑な問題なのかもしれない。俺は更に政治音痴だから王座がどうとか言うことはほとんどわからない。きっと皇女さんがこうして王室を逃げ出したりしてた理由も俺たちが納得できるくらいにはあるのかもしれないと思ってる。だから、せめてエリシュマンさんたちが戦おうとしてることを、エリさん……あなたには知っていて欲しい」
俺たちの頑張りを受け止めろよ、とでも言いたいのか。エリは不満だった。どうして見ず知らずの初対面の旅芸人みたいな男にそんなこと言われなくてはいけないのだ。
「おこがましいのよ……どうしてあんたたちのことなんか」
「だって、ダビス=デイマンだっけ? 俺は……じゃなくて、俺があいつのこと許せないと思うから戦うんだよ」
リクの言葉は、荒んだエリの心に突き刺さる。頭の中が止まった。
「それじゃ……逃げてばっかじゃ始まらないよ」
「……何なのよ…もう」
エリはいつのまにか剣をおろしていた。そのまままっすぐ城へと戻った。リクと話したら、何だか毒気が完全に抜けてしまった。そして、心の中に、一等星のように輝く闘志がそこにはあった。城に再びこっそり戻ると、執事室の方へ申し訳なさそうに向かう。ここまでひとりで戦ってきたエリシュマンにひどいことを言ったことを謝るために――
「エリシュマン?」
執事室の扉をゆっくりと開いた彼女の目に、刹那、劇烈な光景が映った。
「……ウソ……?」
赤い鮮血が真っ白なカーペットにしみこむ。黒いスーツを来た男二人が、胸腺辺りを大きく斬られて死んでいた。その光景を嘘だと信じるエリは、その死体の元に駆け寄り、肩を大きく揺さぶる。その勢いに任せて前後に揺られる頭が、彼女の絶望を実感させた。エリシュマンはそこにはいなかった。まさか――と、二つの死体を交互に見つめて執事室を飛び出す。退出際で白スーツの男とぶつかった。
「姫様!?」
かなりの大声でエリシュマンが叫んだ。その表情には、安堵と驚愕と、ちょっぴり怒りが見られた。
「エリシュマン……」
そしてエリの表情には悲哀と安堵と、ちょっとだけ笑顔が見られた。執事長は皇女の無事を、エリはエリシュマンの無事を確認すると、互いに顔を合わせ、すぐにエリはエリシュマンの白いスーツにすがった。
「無事でなによりです……姫様」
「ねえ……私……やっぱり怖い……」
途切れ途切れの言葉が、その重みと説得力を増していた。まだ15歳の少女だ。明後日誕生日を迎え、結婚できる年齢になるとは言えど、まだまだ幼い。
「でも、私も戦う! 私ができること、明後日……やろうと思う」
勇気の籠る彼女の言葉にエリシュマンは満足したようににっこり笑った。
「その気持ちだけで十分です。ありがとうございます。姫様はいつものように気丈に、我侭にお振る舞いください」
エリの目に浮かぶ涙を真っ白なハンカチで拭き取ると、彼女を部屋まで送る。執事室をあとにする二人の拳は、血がにじむのではないかと思うくらいに強く握られ、青筋を立てていた。




