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竜姫伝(タイトル仮)  作者: さまー
第一章 コラルド王国編
1/10

1.一人前になりたくて

1

 木々を掻き分ける音とともに、周囲の景色が高速で流転していく。思い出したかのように吐き出された息が、無酸素運動の辛さを思い出させた。後ろを振り返っても、追跡者は見当たらない。


「……撒いたかな」


 長い茶髪が目に入りそうで鬱陶しくなる。その前髪を木の枝や棘が刺さって微妙に血が流れる右手でかき分ける。最近妙に骨張りだした額が顕になる。


「師匠、とりあえず及第点でいいですか?」


 そう後ろを振り返って言い放った少年、リク=エルバードは期待感にも満ちた表情で首から銀色の笛を提げている。先程まで逃げていたのは、どうやらこの『師匠』による試練か何かだったようだ。


「いや、まだダメだ。魔獣はとんでもないところから現れる」


 少し離れたところから低い声とともに現れた男―彼が師匠にあたる男、コウヤ=レオリオン。表情は決して良くない。リク同様、首から銀色の笛を提げている。


 魔獣とは、リクの住む村のすぐ近くにある山に住む、人間とは一線を画した生物たちの俗称である。そして、リクとコウヤがどういった目的でこの魔獣が棲む山で試練をしていたのか、それは――


「油断は魔獣使いにとって一番あってはならないことだ。魔獣と契約するとはいっても、完全に服従させるのとは違う。いつだって自分が優位にたったつもりでいてはダメなんだ」


 それは、彼らが、その魔獣と契約し、その力を利用する戦闘士族、『魔獣使い』であるからだ。視線をコウヤから逸らし、後頭部を掻き毟るリク。眉をひそめ、口を一文字に閉じている。


「ま、とりあえず飯にするか」


 コウヤは表情を好転させて、リクの長い髪を持つ頭を少々強くなでた。それでも期待した分以上の満足の行かないリクは、これでも15歳であった。

 

 コウヤ=レオリオンは本来、リクの父親の弟子だった男だった。しかし、リクが15歳になったと知り、高齢のリクの父、ダイチに代わり、今こうしてリクの特訓の面倒を見ていた。コウヤは持ってきていた弁当箱二つのうちの一つを、未だ不機嫌な少年に与え、草原に座り込む。


「師匠……俺って魔獣使いとしてぶっちゃけどうなの?」

「どうってのは?」

「いや、魔獣使いとして戦えるのかってこと」


 リクは背丈もそんなにない。声変わりも普通の15歳よりも少し遅い。しかし、その眼光の鋭さ、熱の籠り様は、コウヤにとっては父ダイチ=エルバードを彷彿とさせるに難くないものだった。


「魔獣使いってのは、強い弱いじゃないんだよな」


 コウヤは声の調子を変え、少々おちゃらけた様子で果実を頬張る。


「大事なのは、魔獣との信頼関係だ」

「信頼関係?」


 15歳の少年には、少し難しい内容だったらしい。


「そうだ。いくら自分が契約の主導権を握るからといって魔獣相手に偉そうな態度を取ったり、扱いを蔑ろにしたりしてはいけない。本気を出せば魔獣なんて俺達を軽く殺せるんだからな」


 師匠とリクの年の差はわずかに8歳。この年の差がここまでの価値観の違いを生み出しているのだ。


「そうなのかなー。結局は戦って強いやつがより強い魔獣を従えてるもんじゃないのかー」


 リクは弁当箱の米粒を見ながら呟いた。


「言ったろ。大事なのは信頼関係だ。それが築けるやつは、例えお前みたいに弱かろーが、頼りなかろーが強い魔獣と契約できる。つまり、心優しいやつが強い魔獣使いなんだよ」


 コウヤは平らげた弁当箱をタオルで包み、麻でできたそんなにいい代物でもないカバンの中に入れた。そしてすっと立ち上がると、リクを見下ろして右手で煽る。


「ほら、早く食え、特訓午後の部始めっぞ」


 リクはわずかに残った米粒も丁寧に平らげ、弁当箱をタオルで包んで立ち上がった。


 「んじゃ、午後の部は、実際に魔獣と契約するぞ。そんなわけでお前に与えるものがある」


 コウヤの古いカバンから出されたのは、長さ1mくらいの片手剣。少し古いが、しっかりと研がれており、切れ味は悪くなさそうだ。


「こいつはお前が魔獣と契約する上で欠かせない『契約媒体』となる武器だ。こいつに魔獣の力を注ぐことで強い力を発する。ってなわけで、この山に棲んでる、ヒートバードでも捕まえて契約しろ。そしたら及第だ」

「わかった」


 ヒートバードとは、この魔獣が多く棲む山の中にいる魔獣の中でも、穏やかな性格の、赤い羽毛を持つ小さな鳥類族の魔獣だ。で、滅多に人を襲わない。しかし、ブラッドオレンジという真っ赤な柑橘系の果実が大好物で、これを取られると激怒して襲いかかってくるのだ。


 「んじゃ、いってらっしゃい」


 リクを見送ると、コウヤはその場に座り込んで、さっぱりと短髪の自らの頭を撫でて、ずっと弟子の背中を見つめていた。


 リクは走る。まずはヒートバードがいそうな、『ブラッドオレンジのなる樹』を探す。


「見つけた!」


 かかとでブレーキをかけ、方向転換してまた走り出す。革で縫われた靴に絡みつく草木は次の一歩では、その勢いに解かれていく。樹の近くに立つと、真紅色の果実が熟れている。


 「これでヒートバードをおびき寄せれば……」


 そう言ってふと上空に視線を遣ると、ヒートバードの巣が見えた。雛鳥が一匹。リクは巣を見つめながら首に提げた笛を手にもつ。狙うは、親鳥が帰ってきたタイミングだ。


 魔獣使いが魔獣と契約を交わすには、首に提げた笛を鳴らし、魔獣自身がその音色に応えなくてはならない。強い魔獣使いほど、放つ音色は魔獣の興味を誘うのだ。


「ん?」


 リクが違和を感じたのは次の瞬間だった。小さなヒートバードの巣の更に上から現れる体長90cmほどの黒鳥。凶暴でこの山の生態系の上位にたつ魔獣、オウマガラスだった。


「オウマガラスだっ!!」


 リクは身の危険を感じ、笛を離して咄嗟に剣を構えた。自分の今の実力では、この黒い魔獣を従えることはできないと悟ったのだ。


「……近くにいる魔獣はヒートバードの雛鳥だけか…親鳥はどこだ…!!?」


 強く大きく羽ばたくオウマガラスを凝視すると、口元にヒートバードの親鳥がいるのが確認できた。ついばまれていて死にかけている。このまま直下すれば、巣に居る雛鳥諸共食われて死んでしまうのではないか――と思い至るよりも先にリクは左足を大きく踏み込んだ。トカゲのように樹をよじ登り、巣のある枝の近くまで登ったところで立ち上がる。目の前に広がる怪鳥の姿に思わず萎縮する。―自分はこんなのに、勝てるのか…と。


「うおああああ!!」


 恐怖からか、決意からか、雄叫びをあげた。こんなとき、無意識のうちに師匠コウヤの言葉が思い出される。

『つまり、心優しいやつが強い魔獣使いなんだよ』

この言葉を思い出した瞬間、自分が何故動き出したかを思い出した。助けなきゃ…この雛鳥は死ぬ。


 オウマガラスは頭が割れそうなほどの轟音で鳴く。ついばみ殺されかけている親鳥は衰弱しているのが見て取れた。大きく振りかぶられた剣。リク自身、現在かなり隙だらけだ。これだけでも、彼に戦いの技術がないのが見て取れる。


 しかし、彼には今、魔獣使いとしての才能が見られた。単純に助けたいと確信した瞬間、怪鳥と大きさが変わらない刀身の剣で首元を叩く。関節を鳴らした時のような音が響く。ところがその黒鴉はびくともしない。それどころか反撃と称してリクの首元を嘴で挟んできた。


「うぐぁッ……!」


 息が詰まりそうになる。自然と視線が足元に下がると、先ほどの雛鳥のいた巣の中に、衰弱した親鳥が落ちていた。嘴で力ない親鳥をつつく雛鳥の姿。


「こんのやろー!」


精一杯の力を振り絞って振った刀剣は惜しくも怪鳥の身体には当たらない。息苦しくなるまま、視界が暗くなってゆく。

 ――もうだめだ…。リクの頭は思考を失う。枝の上に乗っていた両足は枝を離れ、高さ5mの樹から空中に逆さに魔獣諸共落ちていく。地面が目の前に近づいたところで、彼は完全に意識を失った。



 「おいおい、魔獣に息の根止められそうになって意識を失うわけでもなく、頭打って意識失うわけでもなく、落下のショックで意識失うっておかしいだろーがよ」


 聞いたことのある適当な声色が、リクの頭に直接響いた。痛む身体をゆっくり起こすと、そこに広がる景色は大して変わらない。変わったのは、横たわるオウマガラスと、それを嬉しそうに見ている師匠コウヤ=レオリオンの姿だった。


「俺が出した課題はヒートバードとの契約だ。誰もこんな強い魔獣と戦えなんて一言も言っちゃいねえ」


 短い髪の毛をさらっと右手でかき分けながらコウヤは呟いた。バツが悪そうにうつむくリク。頭が痛むようだ。


「結局ヒートバードとは契約してねえじゃねえか」


 コウヤはなぜか笑っている。弟子が死にかけたというのになんて楽観的なやつなんだ、とリクはまた不満げに後頭部を掻き毟る。長い髪の毛がふわふわとうねる。


「んー。ただ、今回のことで気づいたことがある」


 コウヤは表情と声色を真剣なものに変えた。リクもそれを察して眼光を少し鋭くする。どんなことを言われても跳ね返してやるくらいの覚悟は既にできていた。


「お前、やっぱ弱いわ…」


すぐに抵抗したくなったが、痛む頭がそれを許してはくれない。頭痛に襲われ、頭を抑える。自分の情けなさがただ悔しかった。


 しかし、次の言葉が意外なものだった。


「でも、お前は立派だ。お前、魔獣使いとしての才能あるよ」


 コウヤは声色をまたいつものおちゃらけた様子に戻し、先程のブラッドオレンジの樹に作られた巣を指差した。親鳥は治療されてぐっすり眠っているらしい。


「お前はあの親子を守ったんだぜ? 魔獣を道具と考える魔獣使いにはなかなかできることじゃねえよ」

「師匠…でも俺は…」


 口を開いたリクを制する。


「いいんだよ…。及第どころか満点合格だ」


 コウヤは嬉しそうな顔を見せた。そして立ち上がる。


「俺から教えることはもう何もねえな! んなわけで、俺からの餞別だ。受け取れ」


 コウヤが笛を鳴らすと、魔獣召喚陣が現れる。契約した魔獣はこうして笛を鳴らすことで召喚できるのだ。そして現れたのは、小さな雛鳥。ヒートバードの雛鳥だった。


「さっきお前が助けた奴だ。お前が守った命、大切にしてやれ」


 リクは痛む頭を抑え、ゆっくりと雛鳥に近づく。抱きかかえようとしても一切逃げる素振りも怯える素振りもない。


「俺の…契約魔獣…」

「ってより、パートナーっつったほうが正しいかもな」

「……パートナー」


 その言葉の響きがなんだか誇らしくて、照れくさくて、嬉しかった。やっと一人前に認めてもらえたという喜びのせいかどうかは知らないが、抱きかかえた雛鳥の温もりがただただ温かく感じたリクだった。

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