乗り越えるべきもの
町の内部が黒い霧に覆われている。仁達は三人で固まると、緊迫した面持ちで、どこから現れるのか分からない敵の襲撃に備えていた。そして案の定、暗闇の中から新たなる刺客が姿を見せた。
「あ、熱い。た、助けてくれ・・・・」
全身が炎に包まれて、悶え苦しんでいる二人の男女。それを見たルミナスの顔色が変わった。
「ああ、お父様にお母様・・・・」
それは自分が買い物で留守にしている間に、ギースによって家ごと燃やされた両親の姿だった。二人はルミナスの体にすがるようににじり寄って来ると、恨めしそうに彼の顔を見上げていた。
「ルミナスよ。何故わしらが死んで、お前だけ生きているのじゃ」
「そうですわ。早くあなたも、私達の元へいらっしゃい」
二人の言葉は、ルミナスの精神を屈服させるに十分な破壊力を秘めていた。彼は額に大粒の汗を浮かび上がらせて、初めてギースを見た時に感じた、激しい自責の念を思い出していた。
「おい、ルミナス。口を閉じろ。た、魂が出掛かってるぞ」
いつの間にか、ルミナスの口元から、レベッカの時と同じような緑色のオーブがはみ出しそうになっていた。
「お父様、お母様、申し訳ありません・・・・」
「ダメだ。屈するなルミナス」
仁の叫びも空しく、ルミナスの口から緑色のオーブがポロリと落ちた。そして彼は石像のように、眼を開けたまま動かなくなってしまった。
「ふははは、ルミナスは屈したのだ。彼の精神が自ら魂を手放したのだ」
正体不明の声に、仁は顔を怒りで歪ませた。
「野郎、偉そうな口を叩くくせに、一向に姿を見せねえな」
「馬鹿め。これが真の戦闘だ。さて、次はそこの金髪女を餌食にしてやる」
「ジャンヌ。気を付けろ」
「大丈夫ですよ。私にはトラウマなどありませんから、いえ、そんなことを意に反している暇など無いのです」
ジャンヌは天使のようにおっとりとした様子で、静かにほほ笑んだ。
ジャンヌは元々、統制者と呼ばれる存在で、それは人々が崇めている神と同じものである。宗教というものは、一部の才能を持った人間が、統制者の存在を直感的ではあるが、知った時に始まるのである。人々は神を畏れた。この世で唯一、自分達では立ち向かうこともできない絶対的な存在を。そしていつしか、神に祈るようになった。しかし当の神は、そのほとんどが人間を意識したり気にすることは無かった。ジャンヌは非常に珍しい例で、彼女は古来より人を好み、人に力を貸して来た。
「私は神様ですからね。今は人間として転生していますが、かつては宇宙や天界から、あなた達を見下ろしていた」
統制者は、永遠の闇とも呼ばれる宇宙や、統制者の住居地である天界、死んだ生物が行く冥界に住んでおり、ガイア世界とブリタニカ世界を行き来していた。寿命が存在しない彼らにとっては、退屈こそが最大の敵であり、そのために自分達で趣味を見つけていたが、そのほとんどが排他的で、何ら面白味の感じないものだった。
「私にトラウマはありません。この世に人として生を受けて、まだ1年も経っていないのですから」
ジャンヌは霧に向かって、右手を向けた。そして眼を瞑り静かに魔法を唱えた。
「呪文・ダイヤミサイル」
ジャンヌの手から透明な氷柱上の物が発射され、霧の中に消えて行った。
「ぐああああ」
奥の方からドナエロの悲鳴が響いた。彼は二人の正面にいたのだ。
「ジャンヌ、どうして最初から攻撃をしなかったんだ?」
「ふふふ、適当に四方八方に攻撃しようとしたら、たまたま一発で当たっただけです」
ドナエロは地面の上に倒れ込むと、苦しそうに呻き声をあげていた。そして今度は仁に狙いを定めて、新たなる刺客を送り込んで来た。
「仁、仁助けて」
声の主は、仁の幼馴染の結奈だった。彼女は学校の制服姿で仁の前に現れると、ポロポロと涙を流していた。
「結奈・・・・」
「ジン、偽物です」
「ああ、分かってるぜ。それにしてもよくできているな」
仁は木刀を構えて結奈に近付いた。
「おい、ジンとやら。その娘はお前の弱点なんだろ。攻撃できるのか?」
「できねえよ。これが本物だったらな。悪いが俺にハッタリは効かねえ。心は痛むが、本当のあいつが苦しむわけじゃないからな。その代わり、俺に結奈を殴らせた罪は重いぜ」
仁は木刀を振り上げると、結奈の頭上に真っ直ぐと振り下ろした。その瞬間、彼女の体が煙のように気化し、そのまま消えてしまった。
「さあてな。次はお前のお仕置きタイムの時間だぜ」




