好色王の職務
「王。しばしお時間よろしいですかな?」
「ああ、ジェイか。良いよ」
リオンは寝室で月を照明代わりに読書をしていたが、ジェイが訪れたのでドアを開けた。見ると、彼の隣には、オレンジ色の髪をしたおかっぱの美少女がちょこんと立っていた。彼女はジェイの右手をギュッと強い力で握っており、何か怯えているようにも見えた。
「可愛い子だね。お孫さん?」
「はっはっは、違います。我が軍にこの少女を入れたいと思いましてね。一応王にも相談しておこうと思いまして」
「一応って・・・・」
リオンは髪をボリボリと掻くと、二人を部屋に招き入れた。机の上には難しそうな内容の本が開かれたままになっていた。
「ほう、政治のお勉強中でしたか?」
「うん、一応昔は人に教えることをしてたからね。皆に馬鹿にされたくないんだ」
「誰も王を馬鹿になど・・・・」
「ところで、君、名前は?」
「リン・・・・」
少女はジェイの影に隠れてそう言った。
「ところで、この子を軍に入れるって冗談だろ?」
「冗談ではありませぬ。彼女はホムンクルスです。取り出された精子と卵子を魔法で結合させてできた、言うなれば新人類です」
「ホムンクルス?」
「王は知りませんか」
ジェイはホムンクルスについて説明した。ホムンクルスとは、魔法組合と呼ばれる魔道士達だけで構成された、魔法の研究機関により生み出された人工生物である。魔法組合は様々な国から補助金をもらい、その補助金で、魔法の研究を行い、魔法学に貢献するための国境無き組織である。しかし魔法学を追及するあまり、それらは非人道的な方向に向かうことも決して珍しくは無かった。ホムンクルスはそれの最たる例であると言えよう。
人は男女の性行為によってのみ生まれるのであって、魔法の力で人工的に人を生み出せると分かれば、多くの国がそれを実践し、また宗教上の関係から倫理的な問題も多く生じてしまう。そこで国々は早急にホムンクルスの研究を組合に止めさせ、以後、ホムンクルスを造ることを一切禁じたのである。
リオンは現代で言うクローン人間を思い浮かべており、事実それに近いものがホムンクルスには存在していた。
「そう言えば。明日はエクスダスから来客があるそうですな。外交は王の手腕が発揮される絶好の機会ですぞ」
「は、はあ・・・・」
その後、二人はリオンの寝室を後にした。そして今度はそこに金髪の長い髪をした、艶やかな美女が、枕を持ってリオンの元へやって来た。
「今夜の寝屋の儀式は私がお相手しますわ」
「い、いや・・・・。もうそのしきたりは無しにしたいんだ」
「そう仰らずに」
リオンは強引に金髪の女性にベッドに押し倒されると、とてもじゃないが快眠などできないのであった。
次の日、早朝からリオンは玉座の上で来客を待たされていた。約束の時間になると、馬車が城の前で停まるのが見えた。昨日の夜にジェイから言われた王の手腕の発揮どころである。城内の者達はリオンをじっと見つめていた。その中には彼を認めないセンや、老骨のジェイ、その他にリリィとレイナもいた。
馬車の中からは三人の青い服を着た男達が出て来た。三人とも服の右肩部分に赤い十字架の紋章が印字されており、これがエクスダスのシンボルマークだった。三人の内、真ん中を歩いている銀髪の男は非常に眼力があり、リオンよりも遥かに存在感があった。
「お初にお目にかかります。私はエクスダスで皇帝補佐をしております。名をギース・ブラッドと申します」
ギースという名が出た途端、城内の空気が一変した。ディタールの者達は小声で何かをヒソヒソと話し、彼を指差す者もいた。
「やあ、どうぞお越し下さいました」
リオンは玉座から降りると、ギースに握手を求めた。彼はそれを見ないフリをして話を続けた。
「ところで、赤魔賊の件ですが、ディタール王のご活躍により、連中の略奪行為も大分下火になって参りました。その節はありがとうございます」
「いえ、別に・・・・」
ギースの挑戦的な顔付きに、リオンはすっかり圧倒されていた。
「しかし、ディタール王が私のような下賤の者に対等に話して下さるとは、流石、平和の国ディタールといったところですね」
「いえいえ、今は何処も平和でしょう」
「ふっ、平和ですか。実は今回我々が訪問させて頂いたのも、その平和に関することですが、かれこれユートピアン大陸で戦争という言葉が使われなくなってから、既に100年余りが経ちます。我々としてはこの平和を永久のものとしたい」
「はあ・・・・」
「そこでです。この三つの大国を一つに纏めるという明暗を、我が国の皇帝が思い付きました。これは素晴らしい考えだと私は思います。この際、力のある国が全てを一つの思想に統一してしまえば、戦争など永遠に起こらぬ、正に神話上の話となることでしょう」
「ごもっともです。私はこの世界について対して詳しくないものですから・・・・」
「構いません。王はただ頷いていれば良いのです。単刀直入に申し上げます。ディタールには我々、エクスダスの傘下となって頂きたいのです」
城内の空気が完全に凍り付いた。そんな中で人の群れの中を押し分けて、一人の男が両手に剣を握り締め、ギースに特攻して行った。
「貴様、黙って聞いていれば。エクスダスと言わず、冥土に返れ」
男の正体はセンだった。突然のことにジェイも彼を止めることができず、彼の刃がギースの頭上目掛けて振り下ろされたのだった。