老骨の武人
「何ということだ・・・・」
ジェイは馬から降りると、眼前に広がるあまりの惨状に、思わず言葉を失っていた。地面の上にはディタールの兵士達が首を切断された状態で地面の上に寝そべっており、マイに至っては、原形を留めぬほどに変形していた。ジェイは静かに黙とうすると、背後から忍び寄る人影に気付いて、瞬時に剣を抜いた。同時に背後の人影は首から血飛沫を上げながら倒れた。
「赤い鉢巻・・・・」
ジェイは倒れた者達が赤魔賊であることを確認すると、彼らの死体を一人ずつ丹念に確認して回った。
(我が軍の者をここまでにしたのは、相当の手練れのはずだ。それがワシの一撃を避けられぬとは。他に誰かいるのか・・・・)
ザザッと草むらを掻き分ける男がジェイの耳に入った。慌てて振り返ると、そこには月夜に照らされた幼い少女が立っていた。手には血に染まった大きな斧が握られており、頬には返り血がこびり付いていた。
「お主か、こんなことをしでかしたのは」
「ふふん、嬉しいね~。おじさまはあたしを馬鹿にしないんだ」
「見た目で考えるに、お主は10代前半ぐらいか。君には悪いが、敵を見かけで判断し、油断するほど愚かではない。一撃で仕留める」
ジェイは腰を落とすと、額に汗の粒を浮かび上がらせた。久しぶりの真剣勝負である。ユートピアン大陸には久しく戦いが無かった。それはジェイが少年の時からそうであった。ジェイはディタール内では歴戦の猛者として扱われているものの、戦争という概念は、彼が生まれるずっと昔に滅び去っている。ディタールの人間を悩ませていたのは、せいぜい今回のような盗賊や、何十年かに一度大流行する伝染病ぐらいしかない。対等な相手と命を賭けた決闘など、数えるほどしかしていないジェイにとって、今回の戦いは、酷く緊張するものだった。
「そんなに構えて。あたしから行くよ」
リンは唇を舌で舐めると、地面を蹴って斧を振り上げた。
「そりゃあああ」
「大した怪力だが、大振りすぎるぞ」
ジェイはリンが振り下ろすよりも速く、彼女の肩から腰まで斜め一直線に一閃した。
「ぐ・・・・」
リンは斧を手から離して、そのまま真後ろに倒れた。しかし不思議なことに血は一滴も出ていなかった。ただ斬られた個所が青く発光しており、まるで人形のようにも見えた。
「ホムンクルスか・・・・」
ジェイは剣を鞘に戻すと、ソレの正体をボソッと言った。リンは倒れたまま砂を掴むと、それをジェイの足元に掛けた。
「喰らえ、来るな・・・・」
「ふん、そんな無様な行為は止めろ。せっかくの戦いに傷が付く。それよりも、最初から怪しいとは思っていたが、まさかホムンクルスだったとはな」
「それが悪いかよ。あたしは人間だよ。ちょっと人と違うと、そうやってすぐに別の名前で呼びたがる。あたしにはリンっていうきちんとした人としての名前があるのにさ・・・・」
「貴様を造ったのは誰だ?」
「知らないよ。パパもママも見たことないんだから。それよりもさっさと殺したら。こうやって見下ろされるの恥ずかしいんだから」
「そうか」
ジェイは倒れているリンを抱え上げると、そのまま馬に彼女を乗せた。
「気にいった。私はそういう反骨精神に溢れる人材が欲しかったのだ。お前がホムンクルスだろうと、人間だろうと興味は無いが、その反骨精神には興味がある」
「はあ、馬鹿じゃないの。後ろからあんたを殺すことだってできるんだよ」
「ならばすれば良い。少なくともその傷が治るには、1時間は必要なはずだ。ホムンクルスには再生能力があるからな。薬草の節約になるわ」
ジェイはリンとともに月を眺めながら、ディタールへと帰って行った。