不良勇者爆誕
これは終わりの物語です。正確には始まりの終わりです。長きにわたる因縁、正義を巡る闘いに一つの終止符が打たれます。時系列は一番最後。因縁は絶たなければなりません。
バンバンッと、部屋の前で扉を忙しなく叩く音が、ベッドの上でくつろいでいる檜山仁を起こした。今日は月曜日である。普通の学生ならば、今頃は制服に着替えて、とっとと学校に行くものだが、檜山仁は違った。彼は学校指定の夏服である白いYシャツに、黒いズボンを履いており、制服自体はきちんと着こなしていたが、ボタンは外れているし、ベッドの上で寝転がったまま、全く動く気がなかった。
しばらくすると、仁の部屋の扉が強引に開け放たれた。蹴破られたという方が適切かもしれないが、とにかく、月曜日の朝に部屋から出ようとしない自堕落な学生を、どうにか立たせようと、彼と同じ高校に通っている幼馴染、宮代結奈が頬を膨らませて、彼の前で仁王立ち、彼の視線を遮った。
「ねえ、たまには遅刻せずに学校へ行ったらどうですか?」
「ああ?」
仁はヘビのように悪い眼つきで結奈を睨み付けた。しかし結奈はそれに臆することなく、テレビのリモコンを取ると、彼が見ているのも御構い無しに、電源を切ってしまった。
結奈は白いYシャツに灰色のスカートを履いており、スカートの裾を織り込んでいるので、他よりも少しだけ短く見えた。最も、彼女達の通う高校では、ミニスカートレベルで裾を織っている生徒もいるぐらいなので、寧ろ結奈は真面目な方だった。
「白か」
「へ?」
仁は爪先で器用に結奈のスカートを上げた。するとそこから彼女の純白の下着がチラッと顔を出したのである。普段ならば殴るところだが、今日の彼女は一味違っていた。彼の機嫌を取って、何とか学校に行かせようと必死だったのだ。
「おほん。さあ、せっかく制服にも着替えているんだから、学校に行きましょう」
「言われなくても、そいつは俺が決めることだぜ。それに、どうしてお前は俺の部屋に勝手に入ってんだ?」
「そ、それは・・・・」
結奈は恥ずかしそうに俯いた。彼女のトレードマークである、ツインテールが垂れ下がった。
「とにかくだ。俺はコーヒーが飲みたい。朝のコーヒーが無いと、今日の一日に活力が湧かないんでね」
仁は起き上がると、そのまま階段を降りて、リビングのソファーに腰掛けた。テーブルには湯気の立ったブラックコーヒーが、リサイクルショップで購入したオシャレなカップに注がれている。
「おい。これどうした?」
「ああ。あたしが淹れといたわ。どうせ、朝はコーヒーだと思ってね」
「余計なお世話だぜ。淹れたてが良いのによお」
「じゃあ淹れ直すわ」
結奈はテーブルのカップを持ち上げようと手を伸ばした。寸前のところで仁はカップを手に取って、グイッと一杯飲んだ。
「勿体ないだろうが。家の金だぜ」
「もう・・・・」
結奈と仁は横一列に並んで、学校へ向かって歩いていた。二人の家は隣同士なので必然的に一緒にいる時間は長かった。
「こんなに早いのも久しぶりだな」
「皆はいつもなんだけどね・・・・」
二人は特に話すことも無く、淡々と見飽きた通学路を歩いていた。結奈はふと、仁の横顔を見た。いつものように髪はボサボサで、ワックスとか塗るわけでもなく、一切、手を加えていなかった。眼つきは鋭く、彼に見つめられただけで、大抵の人は怯えて逃げてしまうのだが、その瞳は青く。一点を見つめた爽やかなものだった。
「何だ?」
仁は突然立ち止まると、前から近付いて来る、流れるような長い金髪をした女性を見て、思わず足を止めた。結奈はその様子に頬を膨らませると、グイッと仁の腕に手を回して、強引に歩こうとした。しかし、もとより、力は仁の方が強い。彼は一歩も動かないのであった。
「何よ。あんたはそういう女の人がタイプなわけね」
「何を勘違いしてやがる。あの女、アメリカ人だろ。こんな朝っぱらから白いドレスなんか着て、その上背中には白い翼が付いているぞ。コスプレって奴か?」
「あ、ほんと」
結奈も思わず固まるほどに、その女性は浮いていた。金髪の女性は二人の前で立ち止まると、ニコッと天使のように微笑んだ。そして一言。
「勇者よ。あなたを探していました」
仁に向かってそう告げた。




