恐るべき少女
「全体、並べ。あのネズミ共の溜まり場を燃やし尽くせ」
マイが右手を挙げて合図すると、魔道士達は一斉に両手から赤色に輝く魔法弾を上空に放った。その幻想的な光景は、普段魔法をあまり見ることの無い者達にとっては綺麗に映ったが。それらはすぐに小石ほどの大きさの火球に変化し、上空から赤魔賊のねぐらである、簡素な木で造られた建物目掛けて降り注いで行った。
「うお、お頭。流れ星ですぜ。願い事しなきゃ・・・・」
「アホか。これは攻撃だ」
魔法はファイヤーボールという、炎属性の中でも比較的初歩のもので、魔術書の文言さえ暗記していれば、大した魔力を持たぬ者でも使用することができた。しかし、それもこの大人数で一斉に放たれれば、それは上級魔法と何ら遜色の無い威力を持つことだってあるのだ。
「ふふふ、奴らの焼死体でも見物に行くか」
マイは魔道士達を後方に下げると、雑木林を抜けて、最早見る影も失った赤魔賊の巣をズケズケと土足で歩いていた。すると、まだ生き残りがいたようで、暗がりの向こうで震えている。袋の鼠とは正にこのことだろうと、マイは思った。
「情けの無い連中だ。さっさと出て来い」
「くう、貴様らは俺達の恐ろしさを知らない。俺達には最強の味方がいるんだ」
リーダー格らしき髭面の男は、部下に耳打ちすると、唯一無傷のまま残っていたテントの中から、一人の小さな人影を連れて来た。
「へへへ、先生。出番ですぜ」
先生と呼ばれた人物は暗がりの中から姿を現した。
「なっ・・・・?」
マイを初めとして、周りの兵士達も口をポカンと開けたまま、言葉を失っていた。それを見た赤魔賊の男達は、得意気に高笑いを上げた。
「ははは、恐ろしくて声も出ないか。さあ、先生、奴らをぶち殺して下さい」
男の言葉を聞いて、先生とあだ名される人物は、男達を庇うように前に出て来た。兵士達は武器を構えもしなかった。無理もない。目の前にいるのは華奢で愛らしい少女だったからだ。
少女はオレンジ色の髪をしており、所謂おかっぱと呼ばれる髪型で、水色のカチューシャを付けていた。顔の特徴としては、まず瞳がクリッとしており、丸く大きい。そして小振りな鼻に小さく結ばれた唇をしている、正しく人形のように美しい少女だった。しかし、恐るべきことに彼女は両手を後ろにして、自分の体よりも遥かに大きい斧を装備していた。少女の清楚な外見に似合わない武器に、兵士達は戸惑っていたが、やがて我慢できずに爆笑が巻き起こっていた。
「くはははは、山賊だか盗賊だか知らないが、こんな年端も行かぬ少女に頼るようでは、世も末だとは思わないのか」
マイは腹を押さえて涙目になりながら笑っていた。しかし赤魔賊の連中は真剣な顔付きを崩さなかった。少女の方は馬鹿にされ、腹が立ったのか、頬を膨らませていたが、やがて笑い疲れて静まり返ると、斧を地面に突き刺して、兵士とマイを交互に睨み付けた。
「あたしを笑うな。この屑ども」
少女は外見に不相応な暴言を吐くと、斧を持ち上げて、それで全てを薙ぎ払うように空を斬った。同時に砂埃が宙を舞って、マイの顔に降り注ぎ、彼の口は砂で満たされてしまった。
「げほ、げほ。このクソガキ。大人を舐めるな」
マイは兵士達を前衛に置くと、少女に斬り掛かるように指示をした。しかしいくら命令とはいえ、小さな少女に剣を向けることに抵抗感があるのだろう。誰もが躊躇して、最初の一撃を叩き込もうとはしなかった。
「あたしはリン・ウォンだ。お前らみたいな人を見かけだけで判断するような連中には、今まで何度も会って来たよ。皆、あたしに殺されたけどね」
リンは舌を出して挑発交じりに言った。
「貴様のようなガキが、どうしてこんな山賊どもといるのだ?」
「ふん、この人達は、あたしを拾ってくれたんだ。空腹で死にそうなあたしにパンを分けてくれた。住む所もだ。だからお礼に用心棒になってあげてるわけ」
「これが用心棒とは。いい加減にしてもらいたい」
マイが再び吹き出しそうになっていたその時だった。リンは突然斧を振り上げると、それを横に大きく薙ぎ払った。ブウンという風を斬る音とともに、マイを除く兵士達の首が血飛沫とともに、胴を離れて、上空に打ち上げられた。
「ひいい」
マイは腰を抜かすと、そのまま赤ん坊のような四つん這いの格好で、一人で逃げ出そうとしたが、マイの斧が突然白い光に包まれ、そこから発せられた真空の刃に四肢を切り刻まれると、そのまま血塗れになって絶命にした。
リンの持っていたのは真空の斧という物で、武器として使える他、道具のように使用することで風属性の魔法が発動する仕組みになっていたのである。