等価交換
「くそ、やっぱり戻って来ちまったぜ」
アベルはフィオナに下山して、ルカにこの旨を伝えるように頼まれていたが、彼女が心配になり、途中で引き返して、小屋の前に戻って来てしまった。
「小屋は空いているな」
小屋の戸は開け放たれており、侵入するのは容易だった。床の一部は凍り付いており、また血がシミのように、そこら中に零れていた。
「ズズズ・・・・」
何かを這いずるような不快な音に、アベルはドキッとした。
「誰だ?」
アベルの問いかけに、人影が一つ、物置の裏から出て来た。肌は青白く人形のようで、両目は赤く充血し、瞼が爛れていた。そして苦しそうに小さく呻き声をあげると、ビチャっという粘質性のある音を立てながら、アベルの元にゆっくりと近付いて来た。
「何だお前は・・・・」
アベルは構えた。暗がりから音の主がはっきりと姿を見せた。彼はそれが誰なのか、はっきりと理解できた。そして戦慄した。
「嘘だろ・・・・」
「ズズ・・・・」
声の主は、アベルを見つけると、床を蹴って、彼の元に跳び掛かった。
「うおおおお」
アベルは近くに掛けてあった猟銃を手にすると、それで声の主を殴り付けた。そして銃口を向けた。
「フィオナちゃんだろ。なんで、こんな・・・・」
それはフィオナの変わり果てた姿だった。彼女の美しい白い肌は、作り物のように冷たく、また固かった。
「ズズズ、コロシテ」
フィオナは乾いた声で言うと、ゆっくりとアベルに近付いた。まるでナメクジのようにズルズルと音を立てながら、彼に助けを請うように、そう言っていた。
「うあああ、フィオナちゃんを殺せと言うのか・・・・」
アベルの銃を持つ手が震えた。彼が決心できずにいると、フィオナは銃口に自分の額を付けて、眼を閉じた。アベルは覚悟した。怪物となり、人としての尊厳を失った彼女の人生に幕を引く。それが仲間としての務めだと感じたアベルは、銃の引き金をゆっくりと引いた。
バンッという音とともに、小屋内に硝煙の香りが広がっていた。音を聞きつけて、部屋の奥の暗がりからパルフェが飛び出して来た。アベルの前には、頭から血を流しながら、床の上に大の字で倒れているフィオナがいた。
「あ~あ。もう壊しちゃったんだ。せっかく作ったのに」
「何だと・・・・」
パルフェの言葉にアベルの顔が強張った。この世界に来て、彼が初めて見せた顔だった。
「僕の神経毒で、彼女の体を犯したんだ。そしてシグマに改造した。初めてにしては上出来だったんだけどな~」
「ふ、ふざけるなよ・・・・」
アベルは猟銃を床に落とすと、無表情でパルフェを見つめていた。それは憎悪でも怒りでもない。純粋な殺意だった。こいつを小屋から出してはいけない。こいつはここで排除しなければならない。彼の中に今までの人生で、一度も考えたことの無い。恐ろしい感情が湧き上がっていた。
(神様、もしあんたが本当にそんざいしているのならば、俺に力を貸せ。こいつを殺せる力が欲しいんだ)
アベルは知らなかったが、魔法には等価交換というものがある。ある力を得るために、同じような価値を持つ何かを対価にして支払うのである。魔道士の中には、等価交換により、短期間に多大な力を得る者がいる。彼は無意識に支払っていた。それは自分の寿命である。彼は寿命を半分失う代わりに、魔王級の魔力を瞬時に手に入れたのだった。
「何だ・・・・?」
初めに異変に気付いたのはパルフェの方だった。アベルは全身から黒いオーラーのようなものを放出しながら、ゆっくりとパルフェの元に近付いて行った。




