反骨の芽生え
「さあてと。ゴルゴン君はどうしたかな?」
大空洞に戻ったパルフェは、連れて来た餌の報告をしに、ゼウスのいる広間へとやって来た。そこには丁度帰ったばかりのゴルゴンもいた。
「パルフェよ。少し遅かったな。何匹の餌を持って来た?」
ゼウスは鋭い眼でパルフェを見た。パルフェは思わずゴクリと唾を呑んだ。
「ええ、数え終わりました。50匹です。まあ、最初にしては良い方かなあ」
「ほう・・・・」
ゼウスはゴルゴンの方を向いた。
「ゼウス、お前の数を教えてやれ」
「はっ」
ゴルゴンはゼウスに片膝を突いて礼をすると、相変わらずの岩のような顔で一言。
「58匹でございます」
「え?」
パルフェは動揺のあまり、足を滑らせて転んでしまった。そして震えながらゴルゴンの方を見た。ゴルゴンはパルフェの方に視線すら合わせようとしない。至極当然だと言わんばかりの仏頂面を貫いていた。
「まだ8匹の差だ。いくらでも取り返せるだろう」
ゼウスはそれだけ告げると椅子から立ち上がった。パルフェは上擦った声でゼウスを呼び止めた。
「お待ちください。数え間違いました。実は僕、60匹、60匹を捕まえていました」
「ふっ、そうか。良かったではないか。いずれにせよ。最後には両方の数を集計するからな。なるべく差を開くように努力するが良い」
「はっ」
ゼウスはそのまま広間を後にした。ゴルゴンは立ち上がると、自分の部下のシグマ達を呼び寄せて、再び外に出ようとした。
「ちょっと、何処に行く気だい?」
パルフェは慌てて呼び止めた。
「餌集めだ。てっきりお前に勝っていたと奢っていた自分を戒めるためにもな。今夜は帰らないつもりだ」
「ぐぐぐ・・・・」
パルフェは歯をガチガチと鳴らしていた。先程の口から出任せのせいで、ゴルゴンの闘志に火をつけてしまった。ゴルゴンは純粋だったので、パルフェの嘘を信じていたが、ゼウスは違った。パルフェから見て、ゼウスはそれを楽しんでいるようにも見えた。
(何て意地の悪いお方・・・・)
パルフェは拳を血が出るほどに強く握り締めると、部下のシグマを呼び寄せて、ゴルゴンよりも早く飛び立った。
「何で、抜かれたんだろう。そうか、あの青年のせいだ。あんなのに時間を使ってしまったから」
パルフェは木の枝に乗ると、眼を光らせて周囲を見回した。
「ああ・・・・」
周囲からは人の気配が全く感じられない。パルフェは額を押さえると、小さく震えていた。言語も感情も存在しない他のシグマ達は、パルフェの命令を待ち、空の上を旋回していた。
「嫌だ死にたくない」
一度で良い。ナイフとフォークで人間のような食事がしてみたかった。町に繰り出して、片っ端から服を試着して、大人買いとかしてみたかった。カッコいい男性と恋に落ちたかった。やりたいことがこんなにもあるというのに、このままでは苦労した挙句、首を刎ねられて死ぬという、最悪な結末しか見えて来ない。
「お前達は、餌を探していろ」
パルフェはシグマ達に命令すると、自分は木の上でじっとしていた。ある恐ろしい考えが、パルフェの頭の片隅に浮かんでいたのだ。
「はあ・・・・はあ・・・・」
パルフェは木の枝に何度も自分の翼を突き刺した。そして届く部分は手で掻き毟った。
「もう駄目だ。僕はシグマを止めるしかない。翼さえ消えれば、僕は人間の少女にしか見えない。人になるんだ。翼は一回抜けば、一週間は生えて来ない。その都度、抜いて行けば、誰にもバレないぞ」
パルフェは翼を抜き終えると、バランスを崩して木の上から落下してしまった。そこに丁度、籠の中に大量のリンゴを積んだ、一人の青年が現れ、パルフェの元に駆け寄った。
「君、大丈夫かい?」
「え、ああ・・・・?」
パルフェは青年の顔を見て驚いた。その青年は色白で、一見弱そうに見えたが、適度な筋肉が付いており、また爽やかで理知的な外見をしていた。きっと優しい人なのだろうと、パルフェは思った。彼はその優しさをパルフェにも振るうようで、パルフェを背中に乗せると、リンゴを放って小屋に連れて行った。




