シグマの王
シグマ達が造るコロニーの内、最も大きなコロニーを大空洞と呼んでいた。大空洞にはシグマの王であるゼウスがおり、彼は人間としてのアイデンティティーを短期間の内に確保すると、より高度な知能を得るために、人間達の記した書物を片っ端から読み耽っていた。
「知能とは当てにならない。知能の集合体に経験を加えた知識こそが生きる糧となる」
ゼウスは分厚い本の山の中心で、胡坐を掻いて、学者でも読むのを躊躇うような難解な書物を次々と読んでいた。すると、そこに一匹のシグマが現れる。
「ん、餌を持って来たのか?」
ゼウスの問いにシグマは頷いた。ゼウス以外のシグマは言葉を持たない。ゼウスの脳から発している特殊な電波のようなものによって、命令を受け取り行動している。
ゼウスは食糧庫と書かれた看板の横を通ると、壁の中にめり込んでいる餌である人間達を見上げていた。
人間達は全員とも全裸であり、男も女も区別無く、壁に体の一部を埋め込まれた状態でそこにいた。項垂れる者がいれば、大声で叫ぶ者、泣く者もいた。特に子供と親の場合は、互いの名前を呼び合い、シグマ達にとっては耳障りなほどにうるさかった。
「ここの餌が全て尽きる頃には、私は更なる進化段階に入るであろう」
ゼウスは妖しく笑っていた。彼はそのまま見張りのシグマに後を任せると、自分は再び本の山に埋もれて行った。
すっかり日が落ちて、真っ暗な森の中をフィオナは走っていた。修道服を着て走るのははしたなく感じたが、町での光景が目に焼き付いてしまった彼女は、すぐにでもルカにこのことを知らせなければと躍起になっていた。
その頃、アベルは部屋の中でひたすらに魔法の呪文を暗記していた。
(クソ野郎。こんなもん覚えられるかよ)
部屋から脱出しようと何度も試みたが、魔法か何かでロックされているらしく、タックルしようが蹴ろうが、ビクともしなかった。仕方なく、アベルは諦めて暗記することにしたのである。
魔法は慣れた者であれば、わざわざ呪文を口に出して詠唱しなくとも、心の中で呟くだけですぐに出すことができる。事実、ゼウス戦でアベルは、呪文を知らないにも関わらず、強力な魔法を短い時間に何発も発動していた。
「覚えたぞ」
アベルは下の階にいるルカに向かって叫んだ。すると下からルカの声が聞こえて来た。
「その扉は魔法で結界を作っているから開かないの。ファイヤーボールの魔法があれば破壊できるわ」
(本当に暗記できたかどうか試せということか)
「行くぜ」
アベルは覚えた呪文を心の中で唱えた。詠唱はとりあえず成功した。後はそれを扉にぶつけるだけだ。
「呪文・ファイヤーボール」
発動のカギとなる言葉を唱えた。アベルは自分の両手が熱くなるのを感じた。そこには小さな火球が浮いていた。彼はそれを扉に向けて投げると、扉の前に張っている薄い膜が音を立てて崩れた。まるでガラスを割ったような音だった。
「はあ・・・・はあ・・・・」
アベルはそのままうつ伏せに倒れてしまった。初めて自発的に出した魔法に、すっかり体力も精神力も奪われてしまったらしい。




