覇道を行く者、ギース
リオンは目を覚ますと、自分を挟み込む形で眠っている二人の美女を見て、眼を擦った。何かがおかしいと彼の本能が告げていた。いつもの煎餅布団でも、小汚いマンションでもない。昨日見た夢の続きが始まっていたのだ。
「うあああああ」
リオンは思わず大声で叫んだ。騒ぎを聞きつけて兵士が部屋に入って来た。そしてリオンの姿を見るなり、彼を上回る音量で絶叫した。
「王が、女性を二人を部屋に連れ込んでいる」
「これは、好色王だ」
リオンは両脇から兵士に抱えられて部屋を後にした。ちなみに、後で判明したことだが、昨日の夜は何も無かった。疲れと興奮でリオンは二人に何かする前に意識を失っていたからだ。
ある寂れた村があった。そこの住人はほとんどが老人で、誰もが灰色の瞳で青空に憧れるように、じっと空を見ていた。そんな村の真ん中を堂々と歩く、三人の青年がいた。真ん中で歩いている青年はそのリーダー格らしく、両脇にいる二人のコワモテの若者は、彼に気を使っているようだった。
真ん中の青年は、銀色の長髪に、知性を感じさせる端正な顔立ち、そして病気的なまでに白いガラス細工のような肌をしていた。誰もがすれ違えば一度は振り返るほどの、何か目に見えないオーラのようなものを持つ青年だった。彼の名はギース・ブラッドという。
ギースは紫色のローブに身を包んだ、見るからに怪しい占い師の男とすれ違った。案の定、男はギースの方を振り返ると、手に持っていた水晶玉を地面に落として、彼に向かって大声で叫んだ。
「き、君待ちたまえ」
占い師がギースに近付くと、両脇にいた子分の屈強な青年二人がそれを阻んだ。
「おい、文句あるのか爺」
「ひい・・・・」
占い師は思わず尻もちを突いてしまった。何故かギースは興味を持ったらしく、二人の子分を先に行かせると、占い師の男に手を貸して立たせた。
「おい、爺。俺に何か用か?」
「お、お主は只者ではあるまい。将来大物になるぞ」
「ふん、俺は占いなど信じないがな」
「占いではない。これは相で分かる。お主の相は反骨の相。決して誰の言うことにも従わない孤高の人。そして邪悪なものを感じる。将来は大物になるだろう。それも世界を変えてしまうほどにだ。それが正しい方向に向かえば良いのだが・・・・」
「ただの占い師か。つまらん。俺は行くぞ」
ギースは騒ぎ立てる占い師に背を向けて、村の奥へと消えて行った。
果たして、占い師の予言した。それは同じ日の夜だった。自分の部屋で勉強していたギースの元に、彼の祖母が訪れた。
「ギースや。お父様の書斎に来なさい」
「はい、お婆さま」
ギースは部屋で魔術書の写本をしており、それを中断するのは避けたかったが、幼い頃から自分を可愛がってくれていた祖母に呼ばれては、逆らうわけにも行かず、仕方なく部屋を出て書斎に向かった。
書斎には既に母親や弟がいた。二人とも布で涙を拭っていた。ギースがベッドの方に視線を移すと、父と兄が、それぞれのベッドの上で眼を瞑っていた。そっと触れてみると、氷のように冷たい。二人とも死んでいた。それも体に外傷が無いので、怪我によるものではない。それは病死であった。
「そんな・・・・」
ギースは二人以上に声を上げて啼いた。日頃から、聡明な彼がこんなに取り乱すことは無かったので、家族の空気もより重くなった。ギースは家族を書斎から出すと、一人で父と兄の顔を濡れた布で拭いた。そしてほくそ笑んだ。
(遠方まで行った甲斐があったな。大金払って、魔術師に毒薬を調合させてみたものの、ここまで利くとはね。二人同時に死ぬなんて、怪しくて疑われそうなものだが、魔法に疎いうちの家族がそれに気付くとは思えないな。後はさっさと焼いてしまえば良い。俺は今日からブラッド家の当主なのだからな)
ギースは書斎を後にすると、占い師の言葉を思い出した。
(貴様の予言も少しは当たるじゃないか。しかし、これは俺が自分で掴み取った結果だ。運命などではない)
ギースの覇道への道が幕を開けた。