究極の生命体とは
その生命体はシグマという。かつてこの世界に君臨したとされる地獄の帝王は、その高い知能と魔力を使って、自分の奴隷となる生物を生み出した。シグマは帝王の奴隷として忠実に働いていたが、帝王は理解していなかった。シグマの学習能力の高さを、シグマ達は長い年月を経て成長し、それまでは単純な命令しか遂行できなかったが、その中で、人の知性を上回るシグマが誕生した。シグマ達はある日、反乱を起こし、地獄の帝王との戦いに挑んだ。結果、シグマは地の底に封印され、地獄の帝王も負傷し、それが原因で命を落とした。
「シグマ。この生命体は果たして我々を幸せにするか、それとも不幸にするか」
「サドラー様。お食事の時間です」
「ああ、今行く」
サドラーは試験管から離れると、赤い部屋から出て行った。
アベルとシェイミがディタールに帰還してから三日が過ぎた。長旅の疲れが十分すぎるほどに解消した二人は王室にいた。アベルもすっかりこの国の人となっていた。そしてこの三日の間、国内ではずっと持ち切りになっていたある噂があった。それはディタールとグリードとの戦争であった。
「いよいよ。今夜だな」
シェイミはアベルと廊下を歩きながら言った。結論から言って、ディタールとグリードとの戦争は噂ではなく、事実だった。ディタールのような田舎の小国が、グリードに対抗するには、正面から行っても無駄である。だからこそ、夜襲を仕掛けることにした。
夜、松明を持ったディタールの兵士達が城外の庭に集まっていた。誰もが死を覚悟した顔をしている。その先頭にはアベルとシェイミが立っていた。
「どうやって攻めるつもりだ?」
「あれに乗るんだ」
シェイミが指した先には、機体が木製の、屋根に気球を装着した簡素な飛行船があった。とてもアベルの元いた世界では見受けられない低文明な代物だった。
「何だ何だ何だ何だ。この腐りかけの乗り物は」
「腐りかけとは失礼な。きちんと飛ぶんだぞ。最もグリードの飛行船には及ばないがな。我々の目的は、あくまでも生命体を持ち帰ることだ」
兵士達は次々と飛行船に乗り込み、アベルとシェイミもその後に乗り込んだ。
「マジに動くのか」
「だから見てろ」
飛行船はグルグルとプロペラを回転させながら大地から離れて行った。そして月をバックに空の旅が始まった。
「ほ、本当に落ちないだろうな?」
「落ちないって言っているだろ。しつこいぞ」
昼であれば綺麗な海を一望できるのだろうが、この時間帯では、何処を見ても漆黒の闇である。遠くの方に建物の明かりが見えるので精一杯だった。
飛行船は風に揺られながら、あの長旅が嘘のようにグリード城の上空に辿り着いた。
「梯子を降ろせ」
シェイミの命令で、城に向かって長い梯子が降ろされた。シェイミは梯子に掴まると、リオンも同じように梯子を掴んだ。
「良いか。城には私達二人だけで侵入する。お前達はここで待機していろ」
シェイミの言葉に兵士達は信じられないという表情をしていた。
「お待ちください。姫様をそんな危険な所にやって、我々はここで見ていろと?」
兵士の一人が必死の形相で訴えていた。シェイミが消息を絶って一年。ようやくディタールに戻って来たというのに、またも彼女を失うのではと考えると、兵士達も気が気でなかった。
「済まない。すぐに戻る」
シェイミとアベルは梯子を一気に下りて、城に降り立つと、そのまま階段を降って城内へと足を踏み入れた。




