リンの決意
「もう一度だけ、もう一度だけ僕に力を貸してくれ」
リオンは右腕に語り掛けると、そのままいつものように右手に力を込めた。一瞬だけ手の平が金色に光ったが、そのまま消失すると、喉の奥から強烈な不快感が押し寄せて来た。堪えきれずにそれを吐き出すと、真っ赤な鮮血が口から垂れていた。
(ごほ、どういうことだ。光の剣を出そうとすると、全身が痛くて、気分も悪くなる)
エドウィンとの闘いで、リオンは無理をし過ぎていた。彼は気が付いていないが、光の剣を発動するだけの魔力はまだ回復していなかった。
「どうしたのだ。撃って来いよ」
「ぐっ・・・・」
リオンは光の剣が使えないことを悟られないように、細心の注意を払いながら、背後の木にもたれ掛かった。
「来ないのならば、俺から行くぞ」
ギースは足元の土を踵で蹴ると、リオンに向かって鋭い爪を突き刺そうとした。リオンはその場でしゃがみ回避すると、そのまま真っ直ぐに走った。背後を振り返ってはいけないため、ギースがどうしているのか分からない。それが堪らなく恐ろしかったが、当のギースは力を入れすぎていたようで、爪が木の幹に刺さり、抜くのに時間が掛かっていた。
「逃げられると思うな・・・・」
ギースは爪を抜くと、木を両足で踏みつけて、まるでバネのように利用すると、そのままリオンに向かって跳んだ。そして錐揉み状に回転すると、リオンの背中を背後から串刺しにしようとした。しかし、彼の背中に到達するよりも前に、しぼんだ風船のようにフワフワと不規則に飛んでいる、何かの物体に顔を蹴られ、草むらの中に突っ込んだ。
「げほ、だ、誰だ・・・・?」
ぶつかって来たのは一人の少女だった。夢中で走るリオンも思わず立ち止まり、前を向いたままその場にいた。
「寝室にもいないから何処に行ったのかと思ったら、こんな時間にお散歩なんてするかなぁ?」
声の主はリンだった。リオンは今すぐにでも振り返って彼女の元へ行きたかったが、後ろを振り返ることはできない。
「王様のお兄ちゃん。先に逃げてて、ここはあたしが食い止めるから」
「うう・・・・」
リオンは思わず両膝を地面に突いた。運命は残酷だと、今日ほど感じた日は無かった。今、リンを見捨てて逃げろと言うのか。彼は動けなかった。このままここにいれば、彼女の足手纏いになることも知っていたが、彼はそこから逃げることができなかった。
「この、ガラクタ人形の分際で、蛆虫にも劣る生ゴミが。俺の邪魔をするなああああ」
ギースは飛び上がると、爪を突き立てて、リンの首を狙って腕を振り下ろした。
「当たるかよ」
リンは背後に跳んでそれを避けると、指をピストルの形にして、ギースの体目掛けて、人差し指を弾丸のように発射する、フィンガー弾を放った。
「ぐうう・・・・」
フィンガー弾はギースの脇腹に刺さった。そしてそのまま彼の体内に入って行くと、グニャグニャと蛇のように曲がりくねり、彼の喉元から血塗れの指が飛び出した。
「ごおおおえええ」
ギースがその場に蹲ると、リンはさらに攻撃を加えた。
「フィンガー弾の連打」
残りの両手合わせて9本の指が、ギースの全身に浴びせられ、彼の体内に入り、先程と同じように、彼の体を突き破って飛び出して来た。
「ち、畜生があああ。体さえ完璧に回復していれば、当たりさえしないのに・・・・」
「へへーん、どうよ。あたしのことを生ゴミとか言っていたけど、あんたは生ゴミ以下ね・・・・」
「たかが人形のくせに調子乗るな」
ギースは近くの大木とも呼べる大きさの木を両手で抱きしめるように掴むと、そのまま地面から引き剥がして、リンに向かって振り下ろした。
「な、嘘でしょ・・・・」
「後悔しろ」
リンは木に薙ぎ払われると、別の木に激突して、そのままうつ伏せに倒れた。
「う・・・・あ・・・・あ・・・・」
リンは倒れたまま自分の顔に触れてみた。するとバリッと何かが剥がれるような感覚がした。見ると手には青く発光した、殻のような固い破片が付いていた。左目が全く見えない。どうやら木で殴られた個所が故障してしまったらしい。
「一発で仕留めるのは無理だったが、かなりの深手を負ったみたいだな。人間よりは頑丈らしいが、そのダメージが再生するのに、どのくらい掛かるだろうな」
「うああ」
リンはギースに殴り掛かったが、視界がよく見えず、木の枝に足を引っかけて転んでしまった。
「ちっ、つまらん。完全に壊れたか」
ギースはリンの顔面を蹴り上げると、そのまま草むらの中に吹っ飛ばし、自分はゆっくりとリオンの元に近付いて行った。
「なあ、お前の玩具が壊れてしまったようだぜ」
「うう、済まないリン・・・・」
リオンは全身を震わせて泣いた。そして振り返って自分もギースと闘おうとした。すると草むらが僅かに動いた。そして中からリンが、匍匐前進のように地面を這いずりながら、ギースの足を右手で掴んだ。
「貴様、まだ俺に絡むか・・・・」
ギースはリンの右腕を思い切り踏みつけて潰すと、今度は彼女の頭を足で踏みつぶそうと上げた。
「えへへ、あたしの最後の攻撃・・・・だよ・・・・」
リンはその場に仰向けになると、両足をギースに向けた。すると両足から指が弾丸のように10本飛び出して、ギースの体を貫いた。
「ぐあああああ」
ギースは大の字に倒れると、血を吐きながら体を痙攣させていた。
「はあ・・・・はあ・・・・フィンガー弾は手だけじゃない。足から発射することだってできるんだよ」
「う、嘘だろ。俺が、このギースがこんなガキに一杯喰わされるなど」
リンはギースの姿を見ると、満足そうに両目を瞑って機能停止した。ホムンクルスにとっての機能停止は、人間における死と同じだ。如何に時間が経過しようとも、彼女が眼を開けることは永遠にない。
「リン・・・・」
リオンはリンの亡骸を見ることはできない。しかし、彼女の死を無駄にしないためにも、そのまま再び走り出した。




