好色王の産声
部屋に取り残されたリオンは慌てて、自分も近くに飾ってあった適当な剣を履いて、ドアを蹴破った。しかしその直後、慣れないことをしたせいか、爪先に激痛が走った。ドアを開ける時は、きちんとドアノブを掴んで開けることをリオンは学んだ。
「皆、行くぞ」
リオンは廊下を一気に駆けて行くと、途中で最初に合った紫色の髪の美女と遭遇した。
「あ、あなたは・・・・」
「うふふ、わたくしはレイナと申します。王はどうぞお部屋に、後は私達で何とかしますからぁ」
何ともおっとりとした話し方である。レイナは槍を手に城外に出ると、さっきの栗毛の馬に乗った。すると、間髪入れずにリオンも馬の腰に飛び乗った。
「あ、あのう~」
「すいません。黙って見ているのは嫌いなんです。生徒にもいつも言っているのですが、口を動かす前に手を動かせです。僕も行きます」
リオンの強い意志に圧倒され、レイナは馬に鞭を打った。
「リオン様、でもぉ、本当に平気ですかぁ?」
「ええ、まあ、馬には乗れませんが。本とかでファンタジーとか読みますから」
「はぁ~」
二人を乗せた馬は川のほとりに着くと、突然止まってしまった。その反動でリオンの顔はレイナの背中に激突し、振り落とされまいと無意識に手を動かした。そして何やら柔らかいものを掴むと、それをギュッと握っていた。
「ああん。リオン様ったらぁ~。大胆ですぅ~」
「ちょっ、すいません」
「いいえ~。わたくしはリオン様の物ですもの。どうぞ、お好きなだけお触り下さい~」
「いやあ~あはは」
女性からこんな言葉を聞いて、照れない男性はいないだろう。リオンも例外なく顔を真っ赤にして決まり悪そうにしていたが、目的の場所に到着した途端、彼の顔付きが変わった。
「そんな・・・・」
そこは正に地獄絵図だった。建物は燃え、地面は黒く焦げていた。服というよりも布を身に纏っているような村人達は、男女の区別なく、そこら辺に転がっていた。あまりにも残酷な場面に吐き気すら覚えるリオンであったが、それ以上に、女性に囲まれて浮かれていた自分に腹が立って仕方なかった。
「酷い。何でこんなことができるんだ」
リオンは馬から飛び降りると剣を抜いた。剣の刃は銀色に光っており、切れ味も悪くなさそうだった。そこに赤い鉢巻をした男達が、血に染まった剣を持って現れた。
「おい、王様がいるぜ。こいつをぶっ殺しちまいな」
男達は一斉にリオンに飛び掛かった。リオンは剣を振り回して応戦しようとしたが、そもそも彼はただの社会科の教師である。武器などつかいこなせる筈はない。そのままスッポリと剣が手から抜け、地面に落ちてしまった。
「死ねや」
「オワタ・・・・」
もう駄目だと眼を瞑った瞬間。そよ風のような爽やかな斬撃とともに、男達の首と胴が空中で離れていった。そしてグシャリと地面の上を転がった。
「御無事ですか?」
「ああ・・・・」
目の前にいたのは、両手に剣を装備した軽装の若い男だった。髪は黒髪で、両耳には金色のピアスを付けており、細身の体に似合わずワイルドな印象を人に与える人物だった。
「ここは、このセンにお任せを」
センは両手の剣を、まるで手足のように自由に動かしていた。それは舞のようであり、思わず戦いも忘れて見入ってしまうほどだった。
「クソ、しつこい奴らだ」
センは地面を蹴り上げると、空中で回転しながら、駄馬に乗っている赤鉢巻の男達の首を次々と跳ね上げた。そして最後の一人の首をもぎ取った時、戦いは終焉を迎えた。
「ふう・・・・」
センは額の汗を拭うと、ゆっくりとリオンに近付いて膝を突いた。
「王、お怪我はありませんか?」
「いや、平気だ。にしても君は強いな。全く驚いたよ」
「そうですか。しかし王、何故わざわざあなたがおいでになられたのですか?」
「ああ、皆が頑張っているのに、僕だけが留守はできなくてね」
リオンは恥ずかしそうに笑った。しかしセンは無表情で、まるで能面のようだった。彼は静かに眼を閉じると、突然、鋭い眼つきでリオンをじっと睨み付けた。
「お言葉ですが王。今回の戦、あなたが来なければ、もっと早く片付いておりました。あそこを御覧なさい」
センは剣の先で、額から血を流して死んでいる中年の女性と、そこにすがり付いて泣いている、一人の少年を指した。
「あの少年の母は既に死亡しておりました。しかし、もし生死の境にあった場合、戦が早く終われば手当てができて助かったかも知れません。王が来たことによって、一人の生命が失われることだってあるのです。どうか、我らの仕事を邪魔しないで頂きたい」
言葉こそ丁寧だが、センの顔には青筋が立っており、もし王でなければ殴っていてもおかしくはない態度だった。リオンはそれを見て、怯える以上にすっかりと気落ちしてしまった。戦場に来ても何もできなかった自分、それが恥ずかしくて許せなかった。すると、そこにリリィが血の付いた槍を持って、近付いて来た。
「センよ。貴様、リオン様に対して何てことを。さっさと謝れ」
「謝るだと。良い気になるなよリリィ。俺は王のために言っているのだ。戦場は虎狩りをする場所でも、宴の席でも無い。血で血を洗う場所だ。そんな所に、呑気な奴が来たら、人がそれだけ死んで行くのだ」
「き、貴様」
リリィは無意識に右手を挙げると、センの頬を思い切り打った。バシィィィンという小気味良い音とともに、センの体が少しよろめいた。彼は一瞬、瞳孔を開いていたが、すぐに冷静になると、前髪を決まり悪そうに弄りながら、二人に背を向けて歩いて行ってしまった。