魔王降臨
「あれが魔王・・・・」
初めて見る魔王の姿に、リオンを始め、誰もが驚きと恐怖に身を竦ませていた。今まで生きて来て、恐怖を味わったことの無い人間などいないだろう。しかし魔王という畏怖の存在を前にして訪れる恐怖は、今までのそれとはまるで比較にならない。威圧感とでも言うのだろうか。ただこの場にいるだけでも恐ろしく逃げ出したいほどだった。勝てる気がしない。それ以前に勝負として成り立つのかも怪しい、あまりにも強大な存在だった。
「うああ・・・・」
リオンは言葉を紡ぎ出そうとするが、口から出てきたのは嗚咽と呻き声だけだった。周りも同じで、リリィもレイナも武器を構えることを忘れていた。
「どうしたのだ。魔王を見るのは初めてか?」
魔王エドウィンの声は低く威厳があった。決して人間では出せないであろうその声色は、リオン達の恐怖心をより刺激した。
「おい、何ボケッとしてんだ」
先程まで重傷を負っていたリンが、リオン達の元に駆け付けた。彼女はホムンクルスであるため、周りがエドウィンに抱いている恐怖心を持っていなかった。まるで金縛りにでもあったかのように、ピクリとも動こうとしないリオン達にイラついている様子だった。
「ほう・・・・。私を見ても驚かないのか。普通の人間ならば、魔王の瘴気に触れた途端気絶しているのだがな」
「瘴気だと・・・・?」
リンはのっ二つになったはずの体は、すっかり治癒していた。彼女は失くしたのか、斧を持っておらず、代わりに指をピストルの形に曲げて、カレンとの戦いで使用したフィンガー弾を撃とうとしていた。
「魔王には瘴気と呼ばれる、魔力ともオーラとも異なる独自の気が存在する。貧弱な精神の持ち主では、魔王と剣を交えることすら敵わないのだ。しかしお主は違うようだな。良かろう。私と闘う権利を与える」
「ふん、そんな権利はいらないよーだ。あたしはお前をブッ飛ばして、皆と帰るんだよ」
リンの小さな後ろ姿をじっと見ていたリオンは嫌な予感がしていた。彼女は魔王には勝てない。それどころか、あんなものと戦闘になったら、この世界はどうなってしまうのか、別の不安も生まれていた。
「行くぞ。フィンガー弾だ」
リンの人差し指が勢いよく発射された。エドウィンは右手の人差し指を空に向けると、指先に赤い光球が出現し、フワフワと浮いていた。そしてそれを、フィンガー弾が届くよりも速く、リン目掛けて放った。
「まずい、リン伏せるんだ・・・・」
リリィはやっとのことで声を出すと、リンに向かって叫んだ。小さな赤い光球は一見あまり強そうには見えないが、魔王の無限大の魔力が凝縮されており、発動すれば辺り一帯が焼け野原になるほどの威力を持っていた。
「当たるか」
リンはリリィの忠告を聞いて、咄嗟にうつ伏せになった。光球はリンの上を通過すると、彼女の丁度直線状の後ろに立っている無人島に炸裂し、強大な爆発を起こした。
「呪文・バーンフレア」
島は真っ赤な光に包まれて消滅すると、辺りの海が蒸発し、島のあった部分だけ、海の無い不自然な窪みになっていた。
「何て威力だ・・・・」
リオンは腰を抜かすこともできずに固まっていた。
「今のはバーンフレアだ。火属性の極大魔法。お主ら人間では、かなりの魔力を消費する魔法であろうが、私からすれば、この通りよ」
エドウィンの指先に再び赤い光球が出現していた。それを見てカレンが叫んだ。
「早い。早すぎる。あの魔法はそれなりの長い詠唱と魔力を要するはず。何でそんなに早く第2波を撃てるんだ」
「久しぶりの運動だ。お主らにはもう少し付き合ってもらうぞ」
エドウィンのバーンフレアがリンを狙って放たれようとしたその時、彼女の前に一人の男が壁になった。
「あ、オッサン・・・・」
リンは目の前で壁となっている男を知っていた。それは彼女を拾ってくれた恩人ジェイだった。彼は歴戦の剣を構え、エドウィンの前に立ち塞がった。
「ジェイ、君は城に留守番しているはずじゃ・・・・」
「申し訳ありませぬリオン王。私、薄々嫌な予感を感じておりまして、居ても立ってもいられず、城をセンに任せて飛び出して来た次第でございます」
ジェイはリンを突き飛ばすと、エドウィンを鋭い眼光で睨み付けた。
「ほう、貴様も私の前で動けるのか」
「ただの老いぼれと思わない方が良い。ワシはお主を倒す」
「ふん、年寄りの冷や水ということわざがあったな。止めておけ、短い寿命がより短くなるぞ」
「覚悟の上」
「死ぬ気か?」
「戦場に出て生きて帰ろうとは思わぬ」
「良かろう、死ね」
エドウィンの指先からバーンフレアの光球が放たれた。ジェイはそれを避けようとせずに、じっと剣を構えたまま立ち尽くしていた。
「馬鹿な、ジェイ逃げろ」
「ぬおおおおおお」
ジェイは光球を剣で受け止めると、そのまま地面を両足で思い切り踏み込んだ。そして顔を真っ赤にして、その場で耐えていた。ギリギリと金属が擦れながら、光球を剣で必死に受け止めていた。




