リオンは童貞、リリィは処女
リオンは寝屋に案内された。そこには紫色のベールに包まれた白いベッドと二つの枕が備えて付けてあった。まるでラブホテルのような部屋にリオンは眩暈を覚えた。彼が教師を名乗っていた頃は、こんな場所には縁も無く、特に女っ気などというものは、職場にもプライベートにも一切存在しなかった。
「お待たせしました」
リリィはピンク色のパジャマに身を包んでいた。ただでさえ豊満な胸がより強調されており、パジャマの上から形が分かるほどになっていた。実はあれから、あまりにもリオンが悩んでいたので、勝手にリリィが寝屋係として抜擢されてしまったのだ。
「ちょっと、本当にマズイです」
リオンは全身から滝のような汗を流しながら、リリィの脇を通り抜けて部屋の外に繋がるドアに手を掛けた。
「リオン様。私では不服ですか?」
リリィは瞳を潤ませて哀しげな表情をしていた。彼女とは知り合ってから1時間ほどしか経っていないが、あんなに凛々しい姿の女性が、こんなにも不安そうな顔をするとは驚きである。しかしそれ以上に、深い罪悪感がリオンの胸を強く締め付けていた。日頃、生徒を相手にするのは慣れている彼でも、妙齢の女性には手も足も出ない気がした。いつも教室で言うようなジョークも、上手い切り返しもできず、あたふたするので精一杯だった。
「あの、あなたは魅力的な女性ですが、僕には勿体ないですよ。あなたにはもっと素敵な男性が・・・・」
「否、私はリオン様ほどの男性などこの世には存在しないと断言できます。素敵な男性などおりません。私が尽くす相手はリオン様であり、このディタール国だけです」
(ここ、ディタールというのか)
初めて知る事実が多すぎて、リオンは何を話せば良いのか分からなくなっていた。
「申し訳ないが。僕はリオンではない。あなたの期待するような者ではありません。まあ、これはきっと夢なのでしょうけど、いくら妄想上の存在とはいえ、あな
たには申し訳ないと思っています」
社会人よろしく、リオンはペコリと頭を下げた。こういう時にきちんとしなければ、生徒達に偉そうなことも言えない。リオンはそのまま部屋から出ようとした。
「あ、お待ちください」
リリィはリオンの腕を掴んで、強引にベッドに押し倒した。
もとより力は彼女の方が上である。高校の部活は吹奏楽部だったリオンはあっという間に押さえつけられてしまった。そして彼女の顔が、自分の顔に付きそうなほどに近付いていた。
「ああ・・・・」
思わず嘆息するほどリリィは美しかった。はっきりとした目鼻立ちは、彼女の意思の強さを如実に表しているようで、瞳を見つめていると、そのまま吸い寄せられてしまいそうになる。
「リオン様。申し訳ありません。私、その申し上げ難いのですが、実は処女でして。その、男性とした経験が一切ないのです。私の心も体もディタールに捧げると決めておりましたから」
「いや、実は僕も初めてなんだ。あはは、実はね、高校の時に先輩にそれっぽく誘われたんだけど、怖くなって逃げちゃったんだ。情けないだろ」
「いえ・・・・」
リリィがどの程度話を理解できたかは怪しいものだったが、とにかくリオンにも経験が無いと知って、リリィは安心していた。
「本当はリオン様をリードしなければならないというのに、私は怖くなっているのです」
「怖いなら無理しなくて良い。寝屋係なんて要らないし」
リオンがベッドから立ち上がろうとした時、部屋のドアが突然乱暴に開け放たれた。一人の兵士が血相を変えて、リオンの前で片膝を突いて、息を荒げながら口を開いた。
「た、大変です。赤魔賊の連中が、北の村を襲撃したとの報告が伝令より入りました」
慌てる兵士を尻目に、リリィは槍を手に取った。
「死傷者は?」
「全滅です。家も焼き払われ、民も全員死に絶えました。奴らは何を目的にこんな・・・・」
「わけなど興味無い。さっさと戦の準備をしろ」
「はっ」
リリィの顔付きが変わっていた。どうやら戦闘モードに入ったらしく、先程までの気弱な彼女は影を潜めてしまっていた。リオンは一人ポツリと寝屋に置いて行かれてしまった。