プロローグ
これは仁がレンと出会い、グリーンマイルの町での激闘の裏と同時期に動いていた物語である。仁がギースの元部下である、ゲスラーを追ってガイアにいた頃、同じくガイアに一人の少年がいた。
「さてと、死ぬか・・・・」
少年は溜息交じりに物騒なことを言うと、自身が通っている高校の屋上にいた。夜だというのに先客がいるらしく、彼と同じクラスの女子が、緑のフェンスを越えて、全身で風を受けながら、バンジージャンプの姿勢を取っていた。
「早まるな」
先程まで自殺を考えていた少年は叫びながら、女子生徒に掴み掛ると、彼女を何とか助けたいと思っていた。しかし、できすぎた優しさが彼を破滅させた。
「おっ?」
少年は女子生徒に投げ飛ばされ、屋上から真っ逆さまに落下していた。一瞬だが、彼は鳥になったのだ。そして痛みも無く、彼はこの世から消えた。享年16歳の春だった。
「おい、起きろ。オラ」
耳元で酒焼けした、男性と思わしき声が下品に騒いでいた。酒の匂いと騒音のせいで目が覚めた。
「う~ん」
自分にしては高めの声、足元の水たまりで自分の顔を確認すると、小学高学年ぐらいに見える少年が映っていた。
「こ、これ。俺かぁぁぁ」
少年は頭を押さえると思わず叫んだ。すると周りにいる、顔を赤くした品性の無さそうな男達が少年を見て、思い切り怒鳴り付けた。
「うるせえぞガキ。ここは子供の来る場所じゃねえんだ。帰りやがれ」
少年は襟首を抓まれると、そのまま外に追い出されてしまった。どうやら少年がいたのは酒場らしく、どうりで酒臭いわけだと、少年は勝手に納得した。
「これからどうするか」
少年は辺りの様子を見た。人通りは少なく、その少ない人達の誰もが、瞳に光を失い、曇天模様の空を見上げては溜息を吐いていた。
「ふん、つまらない町だな」
少年は世の中を達観したかのような眼で、町の住人達を見ると、そのまま足元の小石を蹴って、ストリートに消えて行った。小振りの雨が肩に掛かり冷たい。元々、自殺するつもりだった彼だが、特に悩みを持っていたわけでは無い。ただ、つまらなくなっただけだ。死ぬまでの暇つぶしが暇つぶしで無くなったのだ。
「どいつもこいつも根暗そうだな」
すれ違う人すべてが同じ顔に見えて、正直気分が悪かった。そこに、それらの者達とは違う雰囲気の修道女が、道端で道行く人に花を配っているのを見つけたので、彼は思わず駆け寄った。
「おい、あんた。そこでそんなもん配って意味あるのかい?」
少年の声に修道女は一瞬身をすくませたが、少年の姿を見て、何を思ったのか、両腕で彼を抱きしめて、頬を寄せて来た。
「ちょ・・・・」
「ああ、可哀想に。こちらにいらっしゃい。温かい紅茶と少しばかりのパンをあげますからね」
修道女は色白で美人だった。花に例えるならば白百合と言ったところだろうか。その瞳は青く澄んでいたし、どこまでも純粋で初心な処女だった。