帝王の目覚め。レンの真の力
海辺に佇む小さな家。今、そこで静かなる激闘が始まろうとしていた。部屋内の空気がピリッとした緊張感に包まれていた。フローラは泣き崩れ、レンは瞳を見開いて、信じられないという表情をしていた。ミーシャも仁も、それぞれが悲しみと怒りに包まれていたのだ。
「マックス・・・・」
レンは焦げて黒く変色した床の上に蹲った。マックスは文字通り消し炭になると、彼の残り香すら感じられない。完全にこの世から消えていた。
「そんなに悲しむ必要は無い。すぐに君らもあの世に送ってやるよ」
マーカスは笑いながら言った。フローラは眼に涙を浮かべながらマーカスを睨み付けた。しかし、それよりも遥かに恐ろしい存在が、マーカスの前に姿を現した。
「殺す」
レンは喉奥から自分でも驚くほどの低い声で、殺意を露わにした。それは敵意でも無い。まさに純粋な殺意だった。大きくクリっとした瞳が、切れ長のナイフのような形に変わり、じっとマーカスを見ていた。まるでレンで無くなったかのように、そこからはある種のカリスマ性やら威圧感があった。
「まさか・・・・」
仁だけは知っていた。この少女の射抜くような瞳を。かつて宿敵と呼んでいたある男の眼と同じだったからだ。
「止めろレン・・・・」
仁は傷だらけの身体に鞭打って立ち上がると、レンの元にゆっくりと歩み寄って行った。今の彼女は何かとてつもないことをしようとしている。己の人間性も全てをかなぐり捨てて、ただ目の前の男を殺す為だけに力を発揮しようとしている。
「来るか」
「行くよ。この蛆虫」
レンは床を蹴ってマーカスの方に走って行った。
「メルトダウン。君は終わりだ」
レンの背後にマックスを殺した人型の炎が姿を現した。これは人の匂いを感知し、マーカスの的と判断した相手をどこまでも追跡して行く。例え世界の反対側に逃げようとも、その追跡から逃れる術は無い。
「プリンス」
レンの手に剣が握られた。彼女はそれで炎を薙ぎ払うと、炎が真っ二つに裂けた。
「死ね」
レンはマーカスの頭上目掛けて剣を振り下ろした。しかし即座に先程斬ったはずのメルトダウンが、再び彼女の前に現れ壁となった。
「無駄だよ。一度攻撃が始まったら、君が死ぬまで追撃を止めない」
「ちっ」
レンはマーカスの隣にある階段を駆け上がると、メルトダウンも同じように階段を上り、レンの後ろに付いた。同時にマーカスも二階の階段へと上り始めた。
「おふくろ、そいつらの始末は任せたぞ」
「おうおう、任しときな」
老婆はニコッと手を振ると、仁達の方を振り向いて、黒い歯を見せて笑った。
「お主らの相手は私一人で十分」
「婆、舐めるなよ。ブチ切れてんのはレンだけじゃねえ」
レンは階段を上り切ると、目の前の小部屋に入り込み、即座にドアを閉めた。どうせ気休めにもならないと分かっていたが、つい閉めてしまった。
「ゴオオオオ」
メルトダウンはドアの隙間から部屋に侵入すると、この部屋にしてはあまりに大きな体を揺らして、レンの元にゆっくりと迫って来た。
「ふうん。こいつは厄介だな」
レンは一歩後ろに下がると、窓の外を確認した。
「飛び降りても良いんだけど」
メルトダウンは低い唸り声とともに、レンの元に跳び掛かって来た。
レンの左手はメルトダウンに取り付かれて、真っ黒に炎上した。
「くそ、本当は凄く嫌なんだ。しかしこれしか手段は見つかりそうにない」
レンは右手の剣で自分の左手を刎ねると、落ちた左手を足で思い切り部屋の隅に向かって蹴った。
「ゴオオオ」
メルトダウンはレンの匂いを追跡しているので、攻撃している左手から離れることは無い。例え、近くに本体がいたとしても、匂いだけを追跡して追いかけるものが、レンの匂いの付いた左手を放して、本体を攻撃してくることなどありえないのだ。そしてレンは切り離す直前に、左手をマネキンに変化させていた。マネキンの素材である蝋が溶け切るまで、まだ時間はある。
「レン・・・・貴様・・・・」
マーカスは部屋の扉を蹴破ると、メルトダウンを見て驚愕していた。