イン・ザ・ブラッドマザー
仁は老婆から離れると、懐から一本の木刀を取り出して構えた。
「おい、婆さん。お前何しようってんだ?」
「いつだってそうじゃった。私は息子を守って来た。不出来なあいつをね」
「何を言ってやがる・・・・」
「最初は同い年の女の子じゃった。そして次は若い女の先生。そしてその次は、中年の男・・・・」
老婆の全身から並々ならぬ力を感じる。仁はその老婆が能力者であることを直感で知った。
「テメー・・・・」
「まだ幼かった息子が、ある日、血塗れになって家に帰って来たんじゃ。あいつは転んで擦りむいたと言っていたが、あいつの絶望と恐怖に満ちた顔を見れば分かる。それが口から出任せであることがな。私は息子の血の跡を辿って行った。すると、井戸の近くで女の子が、首から血を流して死んでおった」
老婆は包丁の柄を指先でクルクルと回していた。
「お前が親だったらどうするね。大人しく息子が牢屋にぶち込まれるのを見ているか?」
老婆の持っていた包丁が、突然粉みじんになって消えてしまった。老婆は黒く変色した前歯を見せて笑っていた。
「親は子供を守る。私はその女の子の体を切り刻み、そして井戸の中に捨てたんじゃ。こんな寂れた井戸に近付く者などおらんからな」
「息子のためにってか?」
「そうじゃ。最も、それ以降、私は奇妙な力を身に着けてな。この通り、物体を構成する分子を破壊することができるようになった。そのおかげで、証拠を残さずに死体を処理できるようになったわ。それからは、息子が人を殺すたびに、私が後始末をしてやったものじゃ」
老婆は両手を突き出して、仁に向かって跳び掛かった。
「ちっ」
不意打ちだというのと、老婆の予想以上の運動能力に、仁は少し出遅れてしまった。そして、老婆の右手が彼の木刀を掴んだ。
「イン・ザ・ブラッドマザー」
仁の持っていた木刀が粉みじんになって吹き飛んだ。文字通り跡形も無く。
「驚いたかえ。物体は分子と呼ばれる微量の粒で構成されていると、都会の学者が言っておった。我が能力、イン・ザ・ブラッドマザーはそれを破壊する能力。敵などいない」
「形ある物はいつかは壊れる。テメーが何もしなくたってな」
仁は老婆に向かって殴り掛かると、老婆のこめかみに強烈なストレートが決まった。
「ちと、罪悪感に苛まれるな。敵とはいえ、年寄りに手を挙げるってのは」
「きひひひ、心配は無用じゃよ」
老婆の頭部が、突然微粒子になって消えた。そして次に彼女の体も粉微塵になると、仁の背後に老婆が突然現れた。
「何・・・・?」
「もらったああ」
老婆の蹴りが、仁の背中目掛けて放たれた。彼はそれを素早く避けると、素早く木の裏に隠れた。
「はあ・・・・はあ・・・・」
「甘いわい。自分の体を微粒子に分解して避けた」
「クソ、厄介な能力だぜ。一発でも体に攻撃を喰らったらアウトだからな」
「もうとっくにアウトじゃ。自分の体を見てみ」
「何・・・・?」
仁は胸の辺りに刺すような痛みを感じていた。そしてゆっくりとその痛みの箇所に手を這わせると、彼の手には真っ赤な血液が付着していた。
「がは・・・・」
仁はその場に蹲ると、胸の辺りに刺さっている、血の付いた包丁を抜いて、地面の上に投げた。
「これは、さっきテメーが消した包丁じゃねえか」
「イン・ザ・ブラッドマザーは物体を構成する分子をバラバラに分解する能力じゃ。分解された分子は、未だに空気中を飛び交っている。それをもう一度くっ付けてやれば、再び形を持って現れる。イン・ザ・ミラーは無敵じゃあああ」
老婆は勝ち誇ったようにそう叫んだ。