マーカスの正体
レンは羞恥と怒りで顔を真っ赤にしながら、ミーシャを追い掛けていた。フローラはすでにレンに捕まったのか、浜辺でうつ伏せに沈んでいた。
「待ちやがれ。オレの布返せー」
「あら、さっき自分は男だって言ってたじゃない。男なら、コレは要らないわよね」
レンは上半身裸で、右手で胸を隠しながらミーシャーを追い掛けていた。彼女の手には白のビキニが掴まれていた。
「クソ、何なんだよ。女になってから胸を見られるのが恥ずかしくて仕方ないぜ。男に戻っても、胸隠すのかなオレ・・・・」
レンとミーシャの追いかけっこは、日が暮れるまで続いた。
マーカスの生家に案内された仁は、唯一の住居者である白髪の老婆に連れられて、二階のマーカスの部屋にいた。ここでマーカスは少年時代を過ごしたのである。
仁は壁に飾ってあるいくつもの賞状の内、最も古く黄ばんでいる一枚の紙を見た。そこには、ガイアで言うところの幼稚園児ほどの年齢であるマーカスが、紙粘土で造った彫刻が、町の主催していたコンクールで最優秀を取った時の物だった。
「これは?」
「これはですね。マーカスが紙粘土で作った人形が、ワシらのお世話になっていた町の町長に絶賛され、賞を取った時にもらった賞状ですじゃ」
老婆はニコニコ顔で嬉しそうに語ると、部屋を出て、ガラスのショーケースに入った、マーカスの作品を仁の元に持って来た。
「う・・・・これは・・・・」
仁は思わず言葉に詰まってしまった。老婆がニコニコ顔で見せて来たのは、紙粘土で造られたドレス姿の女性が、釘で胸を刺されているというものだった。血の部分は赤い色の紙粘土で表現しているが、何が不気味なのかというと、これを造ったのが、まだ物心付いていない少年であるということだ。
レンぐらいの年齢であれば、奇をてらうということもあるが、この年齢でこんな不気味な物を造るとは信じられなかった。
「御婦人。あなたはこれを見て、何と感じたんだ?」
「ええ、私の息子は感性が豊かであると、誇らしい気持ちになりましたわ」
「そうか・・・・」
仁は老婆から少し距離を置くと、窓の方を見ながら溜息を吐いた。
(この婆。マジで異常だ。マーカスのルーツはこの母親だな)
母親が子供に与える影響は強い。一方父親が子供に与える影響は限りなく少ないのである。詳しいことは不明だが、きっと、母体の中にいる時点で、子供への教育は始まっているのだと思われる。
「少し、庭を見せてもらうぜ」
仁は階段を降りると、家を出て、伸び切った草が邪魔で歩き難い庭の奥へと歩いて行った。取り立てて目立つ物は無い。唯一あるとすれば、古びた井戸ぐらいだろうか。それも長い間使っていないようで、緑色の苔が生えていた。
「一応確認・・・・」
仁は井戸を覗き込んで見た。案の定枯れているが、彼が注目したのは土の上に無造作に埋まっている骸骨だった。それも頭部だけでなく腕や足もある。ただならぬものを感じた仁は、思わず井戸から顔を離した。すると、自分の背中へと注がれている殺気に気付き、慌てて背後を振り返った。
「おい・・・・」
「私の息子は・・・・私の物じゃあ」
先程まで笑顔でいた老婆が、右手に包丁を持って、仁の背中にピッタリとくっ付いていたのである。