凱歌よ響け
一体何が起こったというのか。突如出現した光の剣は、まるで豆腐を斬るようにクルスの体を裂いた。しかし、彼はまだ生きている。驚きと恐怖の眼でリオンを見つめていた。リオンは光の剣を無意識に、自身の傷口に近付けた。すると、暖かな感覚とともに、傷口が静かに閉じていった。センの体に光の剣を近付けると、今度は彼の傷が治ってしまった。
「これは何だ?」
途方にくれるリオンの心に、女性らしき声が聞こえて来た。それは聖母のように優しく、彼に語り掛けて来た。
「光の剣は勇者の証、仇なす者には洗礼を。善なる者には救済を。貴方の右手は天使の右手」
「だ、誰だ?」
リオンは辺りを見回した。誰も声の主らしき者はいない。
「ごほ、凄まじい威力だ。こんな魔法があったとはな。こ、これではっきりした。我々はもう勝てないらしい。あなたの勝ちだ。私はもうすぐこの傷で死ぬが、まだ、やらねばならぬことがある」
クルスは馬に乗ると、傷を布で縛り、そのまま荒野の先に消えて行った。リオンはそれを追いもせずに、ただ、クルスの後ろ姿を眼で追っていた。
それから数時間後、クルスはエクスダスの城に帰還した。そして負傷した体を引きずりながら、皇帝のいる広間にまでやって来た。
「おお、クルスか。何処に行っておった。今すぐにここから逃げるぞ」
皇帝は小太りの体を揺り起こして椅子から降りた。クルスはそれを自分でも恐ろしくなるほどに、冷徹な眼で見守った。そして腰から剣を抜くと、それを皇帝に向けた。
「陛下、お言葉ですが、陛下のお逃げになる場所はもうありません」
クルスの言葉に皇帝の体がピクッと震えた。そしてゆっくりと彼の方を振り向いた。
「な、なんだと・・・・」
「今言った通り、もう陛下の居場所はありません。ディタール軍はすぐそこにまで来ています。今、降伏し陛下のお命を差し出せば、他の者達は助けるそうです。如何なさいますか?」
「ば、馬鹿な。わしだけ死んで、他が助かるだと。そんな無意味なことがあるか。貴様らはわしの配下であろう。わしを死ぬ気で守れ」
「申し訳ありませんが、それはできません。陛下のお命と数万の人の命、どちらを優先するべきか、長たるあなたならば分かるはずです」
「うるさい。わしは死にたくない。まだ、やりたいことがたくさんあるのに」
「陛下、もう遅いのです。私ももうじき死にますが、その前に陛下の介錯を務めに戻って来たのです」
「介錯だと。ふざけるな。この反逆者め。ギース、ギースを呼べい。この裏切り者を始末しろ」
「ギース殿は死にました。知っているはずですが」
クルスは剣を振り上げた。皇帝は足を滑らせて床に転ぶと、両手で顔を庇うと、体を丸めて芋虫のように震えていた。
「本当に辛いのですが、これが皆のため」
クルスは溢れ出る涙を拭いもせずに、剣を真っ直ぐに振り下ろした。
「ぶぎゃああああ」
空を引き裂くような悲鳴。皇帝の右手が宙を舞い床に落ちた。皇帝は失った右手の部分を手で押さえ、床の上を転げ回った。
「ぐああ、痛」
「陛下、どうかじっとしていて下さい。本当は一撃で済むはずなのに・・・・」
クルスの涙が頬を伝い、顎から床に一滴落ちた。あれほどまでの栄華を誇っていたエクスダスも今日で終わる。長年、エクスダスに仕えた彼は世の無常を感じざる得なかった。そして再び剣が振り下ろされ、エクスダスの命運はそこで尽きた。
クルスは皇帝の首を椅子の上に置くと、自分は椅子の傍らに座り込んだ。自分の命もついに終わる。自害しようにも剣を握る余力すら残されていなかった。
「後悔はない。元よりこの国は限界だった・・・・」
不思議と痛みも恐怖も無かった。何処かで覚悟していたことだ。それが予想よりも少しだけ早まった。ただそれだけのことだった。
「おい、大丈夫か?」
クルスの目の前に黒い人影が見えた。そして太陽のような暖かな声で話しかけてきた。
「誰・・・・だ・・・・?」
「待っていろ」
声の主は右手を挙げると、金色に輝く剣を発現させた。そしてそれをクルスに向けて掲げると、クルスのボロボロの体が光に包まれた。そして傷だらけの身体が綺麗な肌に戻っていく。薄れかけていた意識がはっきりと蘇った。
「な、何故助けたのだ?」
視界がはっきりと戻り前を見ると、そこにいたのはリオンだった。彼は光の剣を握り締め手の中に消すと、クルスに肩を貸して強引に立たせた。
「私をどうするのだ?」
「君は優しい人だ。僕には分かる。さっきここに来たとき驚いた。手紙を見てくれたのか」
「知っていたさ。私の仕えた君主が暗愚であることも、この国の未来が無いことも」
「そこまで分かっているのならば、こうしよう」
リオンはクルスを皇帝の椅子に座らせた。
「何の真似だ・・・・?」
「今日から君が皇帝になれ。エクスダスの皇帝にね」
「馬鹿な。私がだと。周りが許すはずが・・・・」
「エクスダスを潰したくないのだろう。僕だって別に領土が欲しいわけじゃない。ただ、皆が平和に過ごせれば良い。無理して統一する必要なんて無いだろう?」
リオンはニコッと微笑むと、場外で待っている仲間達の元に歩いて行った。
「なるほど、完敗だ。最初から勝てるはずが無かったな」
クルスは胸を撫で下ろすと、彼らしくなく笑っていた。