もう一人のウィリアム
ウィリアムはフラフラと立ち上がると。その顔は絶望にうちひしがれていた。
「何でこうなるんだ。何故こうも上手くいかないのだ」
ウィリアムの不幸はさらに続く。何と家の中から、レンと仁が自分の存在に気付いて、外に出て来たのである。
「チェックメイトだぜ。ウィリアム」
仁はウィリアムの顔をじっと見つめていた。彼はその、鷹のような眼光にすっかり気落ちすると、何か、この中の誰でもない誰かに話し掛けた。
「なあ、もう限界だ。そろそろ交代してくれよ。次はお前がやるんだよ。なあケビン」
ウィリアムは空を向いて言うと、突然、立ち眩みでもしたのか、その場にしゃがみ込んでしまった。
「おい。頭の中のお友達と会話してんじゃないぜ」
レンはウィリアムの元に近付くと、右足で軽く彼の体を蹴った。
「止めろレン。そこから離れろ」
仁はただならぬ殺気を感じて叫んだ。しかし、既に遅かった。突然、レンの頬がウィリアムの手に打たれた。
「このガキィ、舐めやがって畜生」
ウィリアムはレンの胸ぐらを掴んで、顔を自分の方に引き寄せると、右手に力を込めて、何発ものビンタを浴びせた。
「や、止めろ。あう」
「好きだろこういうの。ほら、おまけだマゾガキ」
ウィリアムは、頬を赤い手形だらけになったレンの、右胸を思い切りわしづかみにした。
「あひぃぃ」
レンの体が痙攣を起こしたように震えた。彼女の小振りな胸が、ウィリアムの手の形に変形していた。
「や、止めろ揉むな」
「うへへ、こんなガキの胸なんざ、ちっとも興奮しないがよ」
ウィリアムはレンの頬を殴り飛ばすと、そのまま視線を仁達に移した。
「悪いな。自己紹介が遅れちまった。俺の名はケビン。ウィリアムの野郎ほど甘くねぇから気を付けな」
ウィリアム改めケビンは、ゆっくりと仁達の元に近付いて来た。そこには先程のウィリアムにあった慎重さは無く、彼よりも大胆な性格であることが窺える。
「フローラ。あいつの能力は知っているな。能力のリーチまでは分からないが、今、俺達を攻撃して来ないということは、少なくとも3メートル離れたところからは何もできないということだ。君のアイアンメイデンなら、恐らく1キロ先でも問題無く動けるだろう」
「分かってます先生。だから、すでに攻撃を命じておきました」
アイアンメイデンが拳銃を片手にケビンの元に走って行った。
「ちっ、こいつがいたんだったな」
「ミューミュー」
ケビンはアイアンメイデンの目の前で酸素を発火させた。しかし元より、アイアンメイデンは生物ではない。フローラを倒さない限り、いかなる攻撃を当てても、アイアンメイデンを殺すことはできないのである。
「ミュー」
アイアンメイデンはケビンの前に立つと、両手に力を込めて、強烈な拳のラッシュを放った。あまりの速さに手が何本にも見える。ケビンの体はフワッと浮き上がり、背後に倒れた。
「がは、ごほ」
(畜生、舐めやがって。たかがガキが・・・・)
ケビンは立ち上がろうとするも、全身の軋むような痛みに耐えられず、地面の上にうつ伏した。
「やったか」
「いえ、まだ分かりません」
「俺が見に行こう」
仁は一人で倒れているケビンに近寄った。彼はうつ伏せのままピクリとも動かない。この攻撃で死んだとは思えない。気絶しているのか、演技しているのか。仁は少し下がると、アイアンメイデンから拳銃を一丁借りた。
「悪いな。少し借りるぜ」
ケビンの右足に照準を合わせる。彼の体がピクリと動いた。
「やはり演技か。撃たれるのが怖かったか?」
「テ、テメー」
ケビンは倒れたまま仁を睨み付けていた。そして口元をへの字に曲げて言った。
「どうやら俺でもダメらしいな。だが、俺にはもう一つだけテメーらに披露していない人格がある。そいつを俺に出させた時、テメーらは死ぬ」