プリンスの底力
仁は物置部屋から脱出し、レンの元に戻って来た。
「仁さん。大丈夫ですか?」
「ああ、時計は壊れたがよ」
安心する二人の前に、オランウータンが壁を突き破って現れた。
「しつこい奴だ」
仁が溜息交じりに言うと、レンがニヤリと、不敵な笑みを浮かべていた。
「仁さん。ここはオレが決めますよ」
レンはオランウータンに向かって走ると、適当な木の破片をスレッジハンマーに変えた。
「馬鹿な。正面からオランウータンに突っ込むなんざ、自殺行為だぜ」
レンは全速力で走ると、その場で体を屈めて、何と尻を床に付けて、オランウータンに向かって滑って行った。そして滑りながら、ハンマーを右手で強く握った。
「あぱあああ」
オランウータンは、屈んでいるレンを捕まえることができない。レンはそのまま、スライディングの反動で、体を浮かせると、そのまま空中に跳び、ハンマーをオランウータンの顔面に叩き付けた。
「おおおおお」
オランウータンは窓を突き破り、雑木林の中に突っ込んで行った。
「ふうう。やりましたよ」
仁はハンマーを木の破片に戻すと、仁の方を向いて、片眼を閉じたままピースサインをした。
仁とレンがオランウータンを撃退した頃。マックスとフローラは不安そうに、家の外壁を見つめていた。
「そろそろ30分ぐらいじゃないか?」
「うん」
「ちょっとよ。俺、小便」
マックスは緊張のせいか、急に催したらしく、雑木林の方に足早に向かった。
「ふううう」
立ったまま黄色の小便を、緑の葉の上に掛ける。誰も見ていないことを確認すると、そのままフローラの元に戻ろうとした。
帰ろうとしたマックスの襟首を、突然、背後から何者かが掴んだ。
「お、おい誰だ?」
マックスが振り返ろうとしたその矢先、彼の喉に突然、熱い込み上げて来た。
「おごおお」
「今、バーストショットで、君の口の中にあった酸素を発火させた。君、口呼吸の癖があるな
背後にいたのはウィリアムだった。彼はマックスの服の襟を引っ張り、自分の所に引き寄せると、静かな声で囁くように言った。
「今、君の気管は熱で傷んでいる。喋ることはできるが、大声は出せない
「テ、テメー」
「私は酸素を自由に発火させることができる。君を始末するのは容易い」
「やってみろ・・・・」
「しかし、私は君を殺さない。ここで君を殺せば、君達の仲間が私を恨むだろう。そして仇を討とうと、無茶をするかも知れない。人から恨みを買うほど無駄なことはない。殺るなら全員同時が良い」
ウィリアムはマックスを軽く小突くと、そのまま彼の体を盾にするようにして身を潜めた。
「今、家の中には誰がいるんだ。教えてくれよ。大声は出せないだろうが、少しなら声を出せるはずだ」
「俺が・・・・答えると思うのか?」
「答えさせるさ。今、私ははっきり言ってピンチなんだ。家の場所も付き止められるし、新しい寝床が必要なんだ。そこでだ。家の中にある金を取りに行きたい。君が協力しないのであれば、前言撤回することになるが、君の仲間を殺さなくてはならない」
マックスの表情が強張った。今、彼の目の前にはフローラが見えている。今、自分以外で誰かを始末するとしたら、確実にフローラが狙われるだろう。
「さあ、早くしてくれ。私は恨みを買うというリスクを背負っても、この場を切り抜けなければならない」
「二人だ」
マックスは低い声で言った。
「ジンとレンか?」
「ああ」
「どうなんだ?」
「ジンとレンで合ってる」
「そうか、ならば仕方がない。金は諦めるか」
ウィリアムはマックスを突き飛ばすと、そのまま雑木林の奥へと姿を消した。