ラブトリップ
レンはコロンコロンを飛び出すと脇目も振らずに走っていた。どういう理屈なのか分からないが、喋ること、書くこと、全て「好き」になってしまう。
「好き、好き、好き」
レンは道行く人に愛の告白をしながら走り続けると、今度は曲がり角の所で、反対側から歩いて来るミーシャと激突した。
「ああ、痛」
ミーシャは両手に本を山積みで抱えていたため、それらを全て路上にぶちまけてしまった。レンは内心焦りながらも、そのままミーシャーと反対方向に逃げようとした。
「ちょっと、待ちなさい」
ミーシャの眼が鋭くなっていた。
「人にぶつかって置いて、そのまま帰る気なのかしら。普通は落ちた本を拾うわよね」
「・・・・」
「何とか言いなさいよ」
こんな時に面倒な奴と当たった。レンの顔がどんよりと下を向いていると、ミーシャの機嫌はさらに悪くなった。彼女は散らばった本を早々に拾うように、レンに向かって喚くのである。
「ちっ」
レンは無意識に舌打ちをした。
「今、私に舌打ちしたわね。自分が悪いくせに・・・・」
(何で舌打ちはできるんだよ・・・・)
レンは心の中で悶絶していると、口を開かないようにゆっくりと落ちた本を拾い始めた。
「最初から、素直にそうしていれば、私に怒られずに済んだものを」
「・・・・」
レンは全ての本を拾い終えると、それをミーシャに渡して、その場からクルリと背を向けて立ち去ろうとした。ミーシャはそれを見て、自分の丹念に手入れされた黒髪を靡かせながら、さらにレンの名前を呼んだ。
「・・・・」
レンはこれでキレたというか、怒りをも超えた形容し難い感情に襲われて、思わず自分のことも忘れて、ミーシャの方を向いて大声で叫んだ。
「好きー」
レンは内心しまったと思い、自分の口を両手で塞いだが、時すでに遅く、ミーシャはレンから視線を外して、一人で何かを考え込んでいた。
レンはそれを見て、そっとミーシャの前から離れようとしたが、すぐにミーシャがレンの方を振り向いて言った。
「レンさん?」
「・・・・」
レンは何も言わない。というよりも言うことができない。
「ふふふ、照れているのかしら?」
ミーシャはニコッと微笑むと、ゆっくりとレンの元に近付いて来た。レンは思わずギュッと眼を閉じてしまった。そんな彼女をミーシャは両手で抱きしめると、耳元でそっと囁いた。
「良いのよ。私もあなたのことが好きだったの。好きだったから辛く当たっちゃうのよね」
「好き・・・・」
「分かってるわよ。もう聞いたからね。それよりもあなたの髪、良い匂いがするわね」
「・・・・」
真実を告げられないもどかしさに苦しむレンの前を、先程のコロンコロンにいた女性客が横切り、ニヤッとレンを見て笑った。
(野郎・・・・。あいつが黒幕か)
レンはミーシャに抱きしめられているので、体を自由に動かせない。しかし彼女には攻撃の手段があった。
レンはミーシャに気付かれないように、自分のポケットから財布を取り出した。本来はあまりやりたくないのだが、背に腹は代えられない。レンは財布をトンカチに変化させて、女性に向けて投げた。
「ぎゃ・・・・」
女性の悲鳴とともに、レンの体は憑き物が取れたかのように解放された。
「あら、何かしら?」
ミーシャが悲鳴の聞こえた方を振り向くと、レンはトンカチを拾って、それを財布に戻した。