私は捕まらないよ
仁はレンから離れると、倒れているウィリアムにゆっくりと近付いた。彼は本当に気を失っているのだろうか、それを確かめる必要があった。
「おい、起きてるか?」
応答は無い。彼は眼を瞑ったまま、セミの抜け殻のように動かなくなっていた。
「最悪だ・・・・」
ぼそりと低い声で愚痴めいた言葉が、ウィリアムの方から聞こえて来た。
「こいつ、起きているのか」
仁はウィリアムから少し離れると、彼の次の攻撃に備えた。今のところ分かっているのは、彼の能力が酸素を発火させる能力だということだけだ。その能力のリーチや弱点に関しては全く分かっていない。
「私のバーストショットは。遠くからでも使える、本当に便利な能力だが、人を一撃で殺す必殺力に欠けるな。君を焼き殺すのに、一体何回能力を発動すれば良いんだ」
「お前・・・・」
「私は捕まらないよ。せっかくやり直せるチャンスなんだ。今日のところは、君らの勝ちにしてやるが。おかげで悟ったことが一つある。もっとこの町で能力者を増やさなければ、私が死ぬということを学んだよ」
ウィリアムは立ち上がると、ポケットに指を突っ込んで、何かの液体で湿っている和紙を一枚取り出した。そしてそれをグチャグチャに手で握って丸めた。
「本当は嫌なんだ。私にとっては切り札とも言える能力を、ここで君らに披露するのは。いくら自分が強いからと言って、手の内を全て晒すのははっきり言って怖い」
「何言ってやがる」
「僕のもう一つの能力。カウントダウン」
ウィリアムは丸めた和紙を、軽く仁達の頭上目掛けて投げた。そしてニヤリと笑った。
「カウントダウンは、触れた物体を好きなタイミングで発火させることができる。そしてその威力はバーストショットの約3倍。さらに付け加えれば、その和紙には油が塗ってあるんだ。良く燃え広がるだろうな」
「レン、伏せろ」
仁は咄嗟にレンの方を振り向くと、彼女の頬を思い切り殴り付けた。
「あうう」
レンの華奢な体はいとも簡単に吹き飛び、そのまま仁よりも数メートルは離れた路上に投げ出された。残された仁の頭上に、一枚の和紙がフワッとゆっくり落下していた。瞬間、彼の眼前に火柱が現れた。
ウィリアムはクルッと仁達から背を向けて、その場から歩いて立ち去った。そして、彼の背後は紅蓮の炎で真っ赤に燃え盛っていた。
「うおおおお」
仁は咄嗟に炎の反対側に向かって走ると、気絶しているレンを抱き上げて、路地裏の中に逃げ込んだ。背後では人々の悲鳴と炎の燃え盛る音が聞こえており、町中は久しく無いパニック状態に陥っていた。
「はあ・・・・はあ・・・・危なかったぜ。能力で自分の皮膚を強化したからな。そう簡単に焼かれる心配は無いが。野郎に勘付かれた以上、今までよりも遥かに多くの人間がエヌによって、能力者になって行くだろうぜ」