その名はウィリアム
レンはいつも通りに、コロンコロンで働いていた。休日であれば朝から、学校の日は放課後に毎日働いている。
「はい、コーヒーです」
「おう」
仁は手帳をペラペラと捲りながら、レンの出したコーヒーを一口飲んだ。
「仁さん、何ですかそれ・・・・?」
「大事な情報が入っている手帳だ。俺は機関という組織に属していてな。ここに教師として赴任したのも、機関からの命令なんだ。その機関から連絡があったのだが、どうやら俺達の倒すべき敵は、意外に近い所にいるらしいぜ」
レンは他の客に注文を取って、仁の席に戻って来た。
「え、何ですか?」
「この町でエヌを配り、様々な能力者を生み出している犯人は、グリーンマイルの何処かに住んでいる。名前はウィリアム・ペインという。かつて、ある巨大組織に属する幹部だったが、欲に目が眩んだのか、その組織を裏切り、組織が作っていた薬品エヌを盗み、この町に逃亡して来たんだ」
「そんな危ないのがこの町に・・・・」
「ああ、考えるだけで恐ろしいぜ。ウィリアムの元いた組織は「エイリアン」という名で、売春から違法薬物の売買まで、この世で一般的に悪と呼ばれる行為を総なめにしている、いわば犯罪グループだ。ウィリアムは内心ビビっているはずだぜ。エイリアンから、奴へ報復しようと、追手が世界各地に派遣されているんだからな。あいつがグリーンマイルみたいな、片田舎を選んだのも頷ける」
仁はそれだけ告げると、コロンコロンを出て行った。レンは仁の残した、飲み掛けのコーヒーを片付けると、窓の一人席に座っている、金髪の見た目、20代後半に見える男に、注文を取りに行った。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「ああ、カフェラテのショートサイズを一つ」
「かしこまりした」
レンはエスティーのいるカウンターに入って行った。
金髪の男は仁の座っていた席を睨み付け、小さく溜息を吐いた。
(何てこった。私のことが何故知れ渡っているんだ。見たところ、あのメイドも私のことを知っているようだし、組織の奴らでは無いみたいだが、あの男の持っていた手帳は気になる)
金髪の男は貧乏ゆすりをしながら、落ち着かない様子で窓から見える、銅像公園の噴水に視線を向けていた。
「カフェラテです」
「ああ、ありがとう」
男はカフェラテの入ったカップを受け取ると、ゆっくりとそれに口を付けて舌を濡らした。
「はあ・・・・はあ・・・・」
「お客様大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。仕事がハードでね。疲れているんだ。それよりも、さっきの態度の悪い客は常連なのか。コーヒーも飲み掛けだ」
「気にしないでください。うちの学校の先生です」
「ほう・・・・」
レンはそのままカウンターの中に戻ると、男はカフェラテを置いて、思わず唾を呑んだ。
(あの娘から、追手の情報を聞き出すのは不可能だ。下手をすれば、私が怪しまれてしまう。あまり目立つ行動はしたくないのだが、こんな田舎では、組織の連中もいないはずだ。あの男を始末し、証拠の手帳も燃やしてしまおう)
男は会計を済ませて店を出ると、銅像公園のベンチに腰掛けている仁を発見し、後ろからゆっくりと近付くことにした。
(落ち着くのだ。ここで焦れば全てが台無しだ。せっかく組織から逃亡し、これからこの町で、新たな人生を始めようというのに、こんなことで終わってたまるか)
男は足音すら立てない勢いで、公園の柵を乗り越えると、仁の座っているベンチの真後ろに立った。
(私の能力で、一発で仕留める。そして手帳も奪い取る)
男の右手に力が入った。そのまま仁の首に手を回そうと伸ばしたその時、突然、仁の手が男の顔を殴り付けた。
「ごふ」
男は柵を破ると、そのまま歩道に投げ出された。そして顔を押さえて小さく唸った。
「げほ、げほ・・・・ううむ」
仁は立ち上がると、柵を乗り越えて、倒れている男に手を出した。
「悪いな。反射的に殴っちまった。でもまあ、あんたも俺の背後に立つから責任はゼロじゃないがな」
「ああ、平気さ。済まない」
男は仁の手に触れず、自力で立ち上がると、フラフラと仁から距離を取った。
「おい、顔色悪いぞ。病院に行くか?」
「いや、結構だ。放っておいてくれ」
男は立ち上がると、仁の顔を見向きもせずに、そのまま人ごみの中へと走って行った。