意外な秘策
レンは不貞腐れたのか、そのまま滑り台の建物の下に行くと、日影の中で横になって眼を閉じた。
「おい、ちょっと。マジで諦めたのか?」
「うん。オレって君の言う通り、卑怯で情けの無い人間だから諦めたの」
レンはそのまま建物の中に隠れると、右手だけ外に出した状態で眠ってしまった。
「冗談に決まってる・・・・」
ガキはレンの行動に戸惑いつつも、心の中では彼女が再び自分を必死になって追いかけて来ると、信じてやまなかった。
「せいぜい、頑張れば良いよ」
ガキはジャングルジムの頂上に上ると、そこから滑り台をじっと睨んでいた。彼は視力には自信があるので、こんなに高く離れた位置からでも、レンを見張ることができる。
「スースー」
レンは気持ち良さそうに寝息を立てていた。それに対してガキの方は、ジャングルジムの上からレンを必死に見張っていた。
「あいつ、僕の体力が尽きたところを襲おうだとか思っているんじゃないだろうな。無駄だよ。僕は24時間起きていても平気なように訓練しているんだ。能力を使いこなすためにね」
数時間が過ぎた。すでに日は落ちており、鬼ごっこが始まってから、5時間以上が経過していた。レンは時々寝返りを打っていたが、相変わらず起き上がる気配は無かった。
「もう夜だぞ。僕は公園を眼を瞑ったって歩けるんだ。視界が暗くなろうと、絶対に捕まらない」
さらに1時間が過ぎた頃、レンは亀のように四つん這いの状態で、首だけを滑り台から出すと、そのまま外に出て、滑り台の裏に回った。
「何だ。ついに観念したかな?」
ガキは待っていたとばかりにジャングルジムの上に立つと、その場から飛び降りて、滑り台にゆっくりと近付いて行った。レンの後ろ姿が滑り台の端から見えた。
「何してんだ?」
レンはどうやら屈んでいるようで、じっと下を向いていた。
「んん・・・・」
ピシャアアアア。滝の流れるような音が聞こえて来た。何とレンは、しゃがんだまま、僅かに足を開き、用を足していたのだ。
「ぬわあああ。な、何してんだあああ」
「ひっ、びっくりした。トイレだよ。ト・イ・レ。仕方ないだろ。ここにはする所が無いんだから。大じゃないだけありがたいと思え」
「し、信じられない」
ガキは逃げるようにジャングルジムに戻ると、顔も耳も真っ赤にして、火照った顔を必死に手で仰いでいた。
「は、初めて見た。あれが女の人のアレなのか。男とは全然違う・・・・」
教科書では知っていたが、まさか生で見る羽目になるとは思わなかったのだろう。ガキは顔では平静を装っていたが、心の中では悶えていた。
結局、レンはそのまま滑り台の下に入り、右手だけを外に突き出すという、先程同様の独特な寝相で横になっていた。
次の日、朝日が昇り、ガキは眼を覚ました。ずっと起きているつもりだったが、レンが全く追い掛けてくる気配が無かったため、彼も少しだけ眠ってしまった。滑り台の方を見ると、相変わらず、レンの右手が見えており、昨日と全く同じ状況だった。
「もうすぐで終わりだね。さてと、敗者の絶望した顔でも見に行こうかな」
ガキはジャングルジムを降りると、悠々と滑り台の下に向かって歩いた。そしてレンの右手を見下ろした。
「フフ、いい加減に起きなよ。時間が無いよ?」
ガキの言葉が聞こえていないのか、それともまだ寝ているのか、レンの右手はピクリとも動いていなかった。
「おいおい、マジで寝てんのかよ」
ガキはレンの右手に触れないように、ゆっくりと前屈みになった。日影のせいで分からなかったが、レンの右手は蝋燭の蝋のように爛れていた。まるでマネキンか何かのように。
「あ・・・・」
ガキはようやく気付いたらしく、急いでその場から離れようとしたが、すでに遅かった。ガキの右肩にそっと小さな白い手が置かれていた。
「ああ・・・・」
「悪いけど。オレの勝ちだよ」
ガキの背後にはレンが立っていた。彼女は爛れた右手を拾い上げると、それをガキの前に突き付けた。
「オレの能力は、触れた物を別の者に作り替えること。木の枝を一本折って、マネキンに作り替えておいたんだ。さっきのロープとは違って、マネキンを置いただけだから、ルール違反にはならないよね。お前が勝手に騙されただけなんだから」
「そんな・・・・」
「もう一つ、オレはほとんどを滑り台の下で横になっていたけど、ただ寝ていたわけじゃないよ。右手の長さを計っていたのさ、お前を騙せるぐらいに、完璧なダミーを作れるようにね」
レンは今にも泣きだしそうなガキの顔を見て、フフッと微笑んだ。
「悪いけど、こういう時だけ、子供をアピールするの止めれくれるかな?」
「ああ、何故だ。こんな下らない手に・・・・」
「作戦だよ。お前の言った通り、オレは卑怯な人間だけど、それを悪いとは思ったことは無いし、これからも思わない。自分の性格は前向きに捉えなきゃね・・・・」
レンはガキの襟を掴むと、強引に砂の上に座らせた。
「僕を殺すのか・・・・?」
「殺さないよ。これでも、君に敬意を払っているんだ。あくまでも正々堂々と向かって来た君の精神にね。だから、ご褒美をあげる」
レンはガキの耳元で優しく囁いた。
「さっきは人の恥ずかしい所を見てくれてありがと。今度、家に遊びに来なよ。今度はお風呂場で、好きなだけ見せてあげるから・・・・」
「きひいいい」
ガキは耳を真っ赤にすると、そのまま転びながら、公園の外まで走って行った。
(ガキ苛めるのって楽しい・・・・)
レンはけらけらと笑っていた。