氷点下からの攻撃
カフェ・コロンコロン。かつてはしがないカフェの一つに過ぎなかったこの店が、今空前のブームとなっている。学校や仕事が休みの日は、朝から行列を作っている。そのほとんどが男性客で、皆、コーヒーを飲みに来たのではなく、ここで働いている従業員、つまりレン目当てに来ていた。
「いらっしゃいませー。今日も来てくれたんだね」
「レンちゃんのためだからね。当たり前だよ」
「じゃあ、いつものコーヒーにミルク二つね」
レンはコーヒーを持って来ると、ミルクのフタを開けて、いつもの呪文を唱える。
「おいしくなーれ。ご主人様にラブラブキュンキュン」
手でハートマークを作って、精一杯の愛を(大嘘)をそこに加える。レンからすれば反吐が出るような気分だったが、客はこの言葉だけで、明日から始まる憂鬱な仕事でも前向きになれるのだ。
「レン。こっちに来なさい」
中年男性が偉そうにレンを呼んだ。彼はレンを自分の妻と見立てて、ある種のロールプレイに走っていた。愛すべき変態である。
「うん、今行くよ。ダーリン」
「おい、レン。他の男に色目を使うなよ。お前は俺の物なんだからな」
「分かってるよぉ。私のダーリンはあなただけ」
レンは顔を赤らめて言った。
(キモ・・・・)
心の中で中年男性を罵倒しながら、何とか今日の仕事を終えた。
レンはカウンターの上に顎を乗せて項垂れていた。すでに客は全て出払っており、ここにはエスティーとレンの二人しかいない。レンはコップの水を一気に飲み干すと、ここで一日の愚痴を全て吐き出すのである。
「あ~あ。キモかった。勘違い野郎ばっかり。誰がお前らみたいなおじんと付き合うかっての。仮に本当に女だとしても、あいつらとはごめんだね。特に人の名前を気安く呼び捨てにした奴は絶対に許さん」
「ダメよ。女の子がそんな言葉遣いを使っちゃ」
「オレは男ですよ。本当に男だったんです。今は女だけど・・・・」
レンは自分の体を鏡で見た。胸はCカップぐらいが妥当で、後は中肉中背。太ってもいないし痩せてもいない。ただ、体のラインは悪くない。
レンは日頃の疲れもあってか、そのまま座ったままうつ伏して寝てしまった。
「んん・・・・」
腕の上に額を乗せて眠っていると、突然、指先に冷たい空気が当たった。
「ひ・・・・」
無意識に手を引くと、指先同士がぴったりと張り付いていた。ドライアイスに触ってしまったかのように、指が低温火傷しているのが分かった。
「痛てえ、な、何だよ・・・・」
レンは思わず窓の方を見ると、何と窓が全開に開け放たれていた。
「エ、エスティーさ・・・・」
二階にいるエスティーを呼ぼうとした瞬間、唇が張り付いて、強引に口が塞がれてしまった。
「んん・・・・ぐ・・・・」
レンは椅子から転げ落ちると、慌てて立ち上がり、店内の様子を見回した。
「ククク・・・・」
「うう・・・・」
レンは凍り付いた唇を押さえて、天井を見ると、そこには青い髪をした両耳に杭のようなピアスを付けた若い男が張り付いていた。彼はレンを見て、ニヤリと笑うと、そのまま彼女の頭上目掛けて飛び降りた。
「ち・・・・」
レンは正面に飛び込んで、その攻撃を避けると、カウンターの上に置いてあった、飲み掛けのグラスを持ち上げた。すでにグラスの中身は凍っている。
「僕はヒョウ。ククク、能力名はアイススマッシャー。空気中の水分を急速に冷やして凍らせる」
「オレに何の用だ?」
「ビールスとやり合ったそうだな。俺達の敵になりそうで面倒だから、速めに潰して置こうと思ってね」
「ちっ、テメー」
レンはガラスのコップを強く握ると、青白い光とともに、それを剣の形に変化させた。