ドールの襲撃
「ふあ~あ」
レンとフローラは一緒に登校していた。あの一見以来、すっかり仲良くなった二人は学校も一緒に通うほどになっていた。
「レンちゃん。欠伸する時は手を当てなくちゃ」
「う、うん・・・・」
レンとフローラが歩いていると、遠くからレンのことを見て、ニヤニヤと笑みを浮かべている男子がいた。その男子は、髪は黒でベットリとしていて、眼鏡を掛けていた。見るからに冴えない見た目をしており、鞄をパンパンに膨らませて、彼女の顔をチラ見しながら、一人で歩いていた。
「何だ・・・・あいつ」
「あれは、Bクラスのビールス君だよ。私と一緒で友達少ないの」
「そいつはアレだな。オタク系って言うのかな?」
「何それ?」
「まあ、良いさ」
しばらく無言で歩いていると、背後から不気味な笑い声が聞こえて来た。
「デュフデュフ・・・・。マリたん。ダメだよお」
レンの顔から笑みが消えた。彼女はその場で振り返ると、背後で不気味な独り言を呟いているビールスの顔を見て、強い口調で言った。
「おい、さっきから何だよ。気持ちわるいな。言いたいことがあるのなら、はっきりと言えや」
「え・・・・」
ビールスは眼を丸くすると、信じられないとでも言いたげな顔付きで、レンをじっと見ていた。
「あんた、ボクに話し掛けたのかい?」
「ああ、そうだよ。妄想の途中で迷惑だったかも知れないが、後ろで独り言をぶつぶつ言われると、体中が痒くなるんだよ」
「う、嬉しいなあ~」
「はあ?」
レンはビールスが何故か嬉しそうにしているのを見て、彼への不快感をより強めた。
「今、ボクは嬉しいんだよ。だって、学年一の美少女から声を掛けられるなんて、ボクは最高のラッキーボーイだよ」
「な、お世辞なんか言ったって無駄なんだよ」
「お世辞じゃないさ。だって、男子達は君のこと、とても褒めているんだよ。例えば、ああ、一度で良いから、彼女とヤリたいなーってね」
「テメー、キモいんだよ」
レンは吐き捨てるように言うと、フローラの手を引いて、さっさと学園への坂道を掛け上がって行った。
昼休み、レンは早速エスティーに作ってもらった弁当を食べようと、鞄の中に手を突っ込んだ。しかし中には、ハンカチとか筆箱しか入っておらず、肝心の昼飯は何処にも無かった。
「やば、お弁当持って来るの忘れた」
レンは溜息を吐くと、仕方無く、一階の給湯室に向かった。あそこならば、食べ物は無くとも、お茶ぐらいならあるだろうと期待したのである。空腹を堪えて廊下に出ると、妙な視線を感じた。
「何だ・・・・?」
ゆっくり振り向くと、そこには朝遭遇したビールスが、両手に様々な種類のパンを抱えて立っていた。
「何だよ。羨ましいかって、自慢したいのかよ」
「そんなんじゃないさ。ただ僕は、このクラウスベーカリーの焼き立てパンをゆっくり味わおうと、給湯室に行くだけさ」
「奇遇だな。オレもなんだ」
「君、お弁当は?」
「嫌な奴だな。無いよ。忘れたんだ」
「じゃあ、僕のを分けてあげるよ」
ビールスは嬉しそうにパンを一つ、レンに手渡した。それはレンの大好きなメロンパンだった。
「マジでくれるの?」
「もちろんさ。こうして僕みたいな根暗に話し掛けてくれたお礼かな?」
「根暗だなんて・・・・。でもありがと」
レンは早速メロンパンを口に運ぼうとすると、パンの表面が濡れていることに気付いたが、それでも気にせず口に入れた。
「モグモグ・・・・うん。おいひー」
「デュフフフ。食べたね。そのパンを・・・・」
「何だよ。今更金でもせびる気か?」
「そんなつもり無いよ。ただ、パンの表面が濡れていなかったかなぁ。そこに気付かないのかなぁ、てね」
「ああ、少し濡れてたけど。水蒸気だろ?」
「デュフデュフ」
ビールスは眼鏡を曇らせながら笑っていた。
「違うよ。それは僕のこれさ・・・・」
ビールスは口を開けると、舌を突き出して、手に持っているカレーパンの表面をペロペロと舐め回した。
「え・・・・?」
「君の顔を想像して舐めたんだよ。君の綺麗な顔をこんな風にしたいと思ってね。君があのパンを喰ったってことは、ボクらはディープキスしたも当然だよね。すごく興奮したよ。君が美味しそうにムシャムシャと、ボクの染色体入りのパンを食べた時にはね」
「うぷ、おええええ」
あまりの気色悪さに、レンは口元に手を当てて床に座り込んでしまった。それをみてビールスは笑った。
「デュフデュフ。ボクの作戦にハマってくれてありがとう。ボクの能力ドールの発動条件は、ボクを心の底から気持ち悪いと思うことだ。さっきのパンだけどね。ボクの唾液じゃないよ。元々濡れていたのさ。君に気持ち悪いと思ってもらえば良いんでね」
「な、何言ってやがる・・・・」
「デュフデュフ。最近仲良くなった帽子の女から頼まれたんだ。君を始末するようにね。大成功だ」
突然、レンの背後に、大きな人の形をした影が現れた。影は大きく口を開けると、レンの頭をすっぽりと咥え込んで、そのまま彼女の体を小さな人形に変えてしまった。
「後はジンだな・・・・。まあ、退屈凌ぎにはなるだろう」
不気味に笑うビールスの前に、今度はフローラが現れた。彼女は全てを見ていたようで、その眼は敵意に満ち溢れていた。