ランジェリーと襲撃者
そこは四方をコンクリートで囲まれた小さな部屋。ツバの鋭い黒色の帽子を深々と被った少女が、二つの人影の方を向いて、ニヤリと口元を歪めていた。
「驚いたよ。ジン・ヒヤマと僕らの他にも能力者がいたなんて。最も僕には関係無いけどね。僕の邪魔をするなら容赦しないよ」
少女は人影がすでに部屋から消えているのを見て、小さく舌打ちをした。
「せっかく薬を分けてやったってのに、感謝ぐらいしろよ。別に敬語で話せとは言わないからさ・・・・」
レンとフローラは放課後、グリーンマイルで一番大きな服屋にいた。女性になったということは、こういう女子の買い物にも付き合わなければいけないのだと考えると、気が滅入ってくる。それに引き替え、フローラはとても楽しそうだった。
「レンちゃん。これなんかどう?」
フローラは貝殻を連結させて作ったビキニを、自分の両胸に服の上から当てて見せた。
「それ水着だろ。下着買うんじゃなかったっけ?」
「そうだそうだ。レンちゃんにはやっぱり、このパット入りの奴が良いかな」
「パット?」
「それとも、寄せて上げるタイプがベスト?」
「別にどうでも良いよ。確かにちょっと擦れて痛い時もあるけどさ。そんなに胸もデカくないし」
何故か少し悔しそうに、自分の胸を両手で持ち上げるレン。
「じゃあ、普通の下着で」
「ああ。見せて」
フローラが持って来たのは白のシルク素材のブラだった。確かに手触りは良いが、やはりブラを着ける気にはなれなかった。中一の時に、文化祭の出し物で女装したことがあったが、その時にブラを着けさせられて、笑い者にされた心の傷はまだ癒えていないからだ。
「そうだ。さらしでも巻こうかな。白い包帯みたいな奴。あれなら怪我した男だって着けてそうだし」
意外な明暗に、レンは我ながら感心していた。フローラーは意味を理解していないのか、首を傾げていた。
「じゃあ、何も買わないの?」
「ああ、遠慮するよ」
レンはそのまま店を出ようと、出口に向かって歩いて行った。後ろからフローラーが追い掛けて来て、レンのすぐ隣にくっ付いて来た。
「ねえ、一つ言いたいんだけどさ。なんでオレに構うの?」
「え?」
「あ。いや、悪い意味じゃないんだ。オレ、あんまり友人とか作らないタイプというか、そういうの面倒なんだよね。君が嫌いとかじゃないよ。ただ、君が期待するような友情みたいな物は、多分生まれないと思うんだ」
レンとしては優しく諭したつもりだったが、フローラーには衝撃が大き過ぎたらしい。彼女は両目一杯に涙を溜めていた。
「ご、ごめんね。実は私、友達がクラスで一人もいないんだよね。マックスとか、一部の男子とは仲良くするんだけど、同性には嫌われていて、やっぱりレンちゃんも私が嫌いなんだよね?」
「だから、嫌いじゃないって・・・・」
レンが言い掛けたところで、フローラは踵を返して突然走り始めた。ここにいるのが辛かったのだろう。走りながら、彼女の両目に溜まっていた涙の粒が、キラキラと光って見えた。
「わ、ちょっと待って」
レンは急いでフローラの後を追いかけて行った。
彼女は建物の間にある路地の前で立ち止まると、泣き腫らした顔を手で拭った。そんな彼女の前に、路地の中からサングラスを掛けた男が一人現れた。
「お嬢さん。なんで泣いてんの。まさか失恋とか。それにしても可愛いね。なあ、俺と遊ばない?」
「え、ちょ・・・・」
男がフローラの右手首を掴んで、強引に路地の中に連れて行こうとした。その瞬間、エンシャント学園指定の革靴が、男の後頭部に刺さった。
「げふ」
男は間抜けな声を出しながら、泡を噴いて倒れた。そこにすかさずレンが駆け付けて来た。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう」
レンはフローラを連れて路地から離れようとした。しかし突然、フローラの顔が恐怖に慄いたように強張った。彼女の正面。つまり、丁度レンの背後に鉄パイプを持った別の男が、鬼のような形相で立っていたのだった。
「レンちゃん。危ない・・・・」
「え?」
レンはフローラの声に反応して後ろを向こうとしたが、それよりも速く、レンの背中に鉄パイプが振り下ろされた。
「あう・・・・」
レンはそのままうつ伏せに倒れると気絶してしまった。
「へへ、油断しやがって。よくも俺のダチを殴りやがったな。この落とし前はたっぷりとしないとな」
鉄パイプを持った男は、気絶しているレンと、怯えるフローラを交互に見比べながら笑った。
「今日は宴だな。美女二人を思う存分・・・・くくく・・・・」
フローラの両腕は別の男達に左右から抱えられ、気絶しているレンも路地の奥に連れて行かれた。