女になるのも楽じゃない
レンは家の中に案内されると、まず、その狭さに驚かされた。
「おい、嘘だろ。ワンルームしかないぞ」
「ああ、机と布団を並べる程度の広さはあるがな。衣服をしまうタンスはサービスしてやっても良いぜ」
「テレビとか携帯とか、パソコンは?」
「あるわけないだろ。寝カフェじゃねえんだよ」
仁はそのまま家から出ると、レンの元から立ち去ろうとした。
「待って。ああ、待って」
レンは仁の足にヘッドスライディングをかますと、彼の両足を両手で掴んで放さなかった。
「おい、放せよ。帰れないだろーが」
「こんなところで一人なんて無理だよ」
「無理ではないさ。成せば成るって奴だぜ。それに、近くにコロンコロンというカフェがある。そこの主人に話しておいたから、そこでバイトすれば生活費は稼げるだろう。これから通う学園の手続きとか、学費は俺に任せろ」
仁はレンを引き剥がすと、そのまま家を出て、近くにある公園に歩いて行ってしまった。レンは彼が戻って来ることを期待してか、嘘泣きをしながら、地面を両手で叩いていた。
仁はそれを無視すると、公園で無邪気に遊ぶ子供達を眺めながら、大木の下で腰を下ろした。
「ジン様」
仁が腰掛けている大木の裏から、男性と思われる野太い声が聞こえて来た。彼は溜息を吐くと、その方向へは振り向かず、胸ポケットから煙草を出して口に咥えた。
「ガイアにライターを置いて来ちまった」
「私が持っていますよ」
「ああ、済まないな」
仁は背後にいる男からライターを受け取り、それで煙草の火を点けた。
「例の件ですが、無事に済みましたようで・・・・」
「おかげさまでな。後は自力で生き延びてもらうしかないかな。しかし、まだ仕事は山積みだな」
「何故、レン様に事実を話してあげないのですか?」
「知ったところでどうするんだ。何も知らずに生きていた方が幸福だ」
「私はそうは思いません」
男はそう言い切ると、すぐに表情を柔らかくして笑った。
「冗談ですよ。私にはポリシーなんてありませんから」
「ああ、そうかい。確かお前はフレデリックとか言ったな。一つ頼まれてくれるかい?」
「はあ、何ですか?」
「グリーンマイルに残って、レンを見守っていて欲しい」
仁の言葉に、フレデリックは口元を押さえて笑った。
「それはあなたの役目です。私のような役員がする仕事ではありません」
「そうだな・・・・」
仁は眼を閉じると、9年前のことを思い出していた。
9年前、仁が高校生の時のことである。結論から先に言うと、このとき仁はレンの父親を殺害した。父親の名前はギース・ブラッド。銀色の長い髪に、ナイフのような切れ長の碧眼。鼻筋の通った端正な顔立ちの男だった。20代でありながら、気の遠くなるような長い年月を生きて来たような風格があり、美しかった。
ギースには人を魅了するカリスマ性があった。彼の元には自然と人が集まり、彼に忠誠を誓った。世界征服に最も近付いた男と言っても過言では無いだろう。彼は邪悪で強すぎた。だからこそ、仁によって倒された。そして世界は平和になった。そして9年後、恐るべき事実が明らかになる。それはギースに子供がいたということだ。
天界はこのバッドニュースに激しく揺れた。仁を派遣し、その邪悪な子種を始末させようとしたが、仁はそれを寸前で裏切った。いくら、極悪人の子供だとしても、子供には子供の人生がある。それを奪う権利は、たとえ天界の神々だろうと認められない。
仁はレンを守るためにガイアに向かい、彼の住んでいる神奈川県の某所に行き着いた。ここでレンにとって最大の不幸が訪れた。
運命の悪戯か、神が操作したことなのか、丁度、同じ神奈川県の某所に、ギースのかつての部下が、天界の眼を盗んで逃げ込んでいたのだ。その部下の名はゲスラーという。表向きはしがない農夫を装っていたが、ギースの死後、彼がギースから多額の金銀財宝を受け取っていたことが明るみになり、天界から追われる身となっていたのだった。
ゲスラーは、コンビニ帰りのレンを偶然人質に取り、追手と勘違いした仁に脅しを掛けた。そして抵抗したレンをナイフで一刺し、殺害したのだった。今、彼はグリーンマイルに逃げ込んでいる。その事実を知るのは、彼本人以外に誰もいない。