新しい朝
黒コートの男に刺されたレンは、もう一人の追跡していた男。つまり仁によって助け出された。天界という場所に連れて行かれた彼は、そこで手術をすれば助かるはずだったのだが、彼の父親は重罪人であったため、誰も彼を助けようとは思わなかった。そして手術を引き受けてくれる相手が見つかった時には、すでに彼は息を引き取っていた。
「転生プログラムを使いますか?」
「いや、天界の神々達が感づくとマズイ。彼を元の姿に戻すことはできないか?」
「できなくはないですが、パーツを今切らしておりまして、男性には戻せませんよ」
「この際、性別は諦めよう。女性でも良いから、とにかく彼の原型は残しておいてくれ。天界の神々は、蓮の顔を知らないからな。適当に誤魔化せばやり過ごせるはずだ。もちろん、彼には新しい戸籍と、新しい家族が必要になるがな」
その後、レンは女性として蘇った。彼はブリタニカと呼ばれる異世界の病院に運ばれ、三日後にようやく目を覚ましたという。彼の物語はここから始まったのだ。
「レン。起きろ。お前の住む場所が決まった」
「ん・・・・」
レンはベッドの上でゴロゴロと転がっていた。低血圧なので朝は弱かった。そんなレンの、大事そうに抱いている毛布を仁は剝ぎ取ると、そのまま旅行用のバッグを、レンのベッドの下に置いた。
「来い。時間が無い」
「うう、くそ。人をモルモットみたいにしやがって」
「ふん、安心しな。もうすぐテメーとはお別れだ。散々振り回して心が痛いが、ようやく互いにスッキリできるな。それと、夜に随分とうるさかったが、何なんだ?」
「いや、それは・・・・。あはははは」
笑って誤魔化したが、昨夜、わざとアダルトビデオのように、女性の喘ぎ声を真似してみた結果、その声で自分が興奮するという、軽い事件が起こっていたのだ。その後、レンが何を行っていたのかは、ここでは記せない。
「オレが何したって勝手だろうが」
「ああ、言い忘れたが、「オレ」は今日から無しだ。一人称は「私」か「あたし」だ。他にも「あたい」というのがあるが、これは少しヤンキーっぽいので止めた方が良い」
「うるさいな」
レンはベッドの下のバッグを開けると、中身を順番に取り出した。
「おいおい、せっかく入れたのに出すなよ」
「オレの持ち物なんだろ。どうせ・・・・」
レンは女性物の服やスカートを床に並べると、さらにブラやパンティーなどを見て、顔を青くしていた。さらにレンをゾッとさせたのが、バッグの一番奥から出て来たある物である。
「おい、これ・・・・」
「ああ、これは生理用ナプキンだ。使い方とか詳しい話は俺に聞くな。俺には姉も妹もいないからな。そこらへんは分からん」
「オレは男だ・・・・」
レンは、いつの間にか修理されている鏡の前に立って、自分の姿を足の先から頭の先まで観察した。
鏡にはやはり、見知らぬ美少女が映っていた。茶色掛かった栗色の髪がサラサラと靡いている。瞳はパッチリと大きく、睫毛も長かった。昨晩、部屋に訪れた仁は、レンの外見を、美大とかに行っていそうなお嬢様と形容した。清楚な外見からは、とてもじゃないが男であった時の面影は残っていない。しかし、実際には元々女顔ということもあって、実際にはそれほどの変化は無かった。声が以前より高くなったのと、髪が長くなったぐらいだろうか。
「さあ、行くぜ」
仁に手を引かれ、レンは外の光を久しぶりに浴びることとなった。
「これから行く町はグリーンマイル。ブリタニカ世界の端にある田舎町だ」
「待てよ。そこってフランスか何かか?」
「ああ、説明し忘れたな。ここはブリタニカという異世界だ。お前が住んでいた世界はガイア世界。俺ら風に言うと、地球って奴だな。人の住んでいる惑星のことを、俺達は世界と呼んでいるんだ。ブリタニカ世界は、ガイアとは違う世界軸にある。ここでなら安心して暮らせるだろう」
レンの顔は仁の言葉を聞いて、青白くなっていた。
「おい、ちょっと待てよ。学校はどうなる?」
「学校のことを真っ先に心配するなんて優等生だな。安心しな。この世界にも学校はある。グリーンマイルの中にな。お前はそこの中等部に通うこととなるだろう」
「そ、そんな・・・・」
レンが落胆しているのを無視して、仁はグリーンマイルの中にレンを連れて行くと、周りにいる住民達に挨拶しながら、町の中心まで行くと、赤いレンガ造りの家の前で足を止めた。
「ここだ・・・・」
「嘘だろ」
グリーンマイルの中は、まるでRPGにでも出て来そうな中世風の町だった。ほとんどが木かレンガできた建物ばかりで、石造りの道が広がっていた。