ファイナルラウンドその4
仁は覚悟を決めた。つまり両手をアーツで強化し、上空から迫る空気の玉を受け止めようとしたのである。
「来やがれ」
空気の玉は、周りの建造物を巻き込みながら、徐々に落下、ついに、仁の両手に付くほどの距離にまで、近付いて来ていた。
「うおおおおお」
空気の膜に掌が触れた。瞬間、バリバリと聞いたことの無い、何かが裂けるような音が聞こえて来た。それは、掌の皮が凄まじい速さで剥けている音だった。
皮膚から出血し、感電したような衝撃が掌から体全体を包んだ。
「空気のくせになんて重さだ」
体感では、体重80キロぐらいの重さだと、仁は思った。体が重みに耐えられず、少しずつ地面に埋まっているのが分かった。
空気の玉と地面に挟まれ、体がどんどん圧縮されて行く。もうダメだ。流石の仁も諦め掛けていたその時。彼の虚ろな視線が、二人の人間の姿を捉えた。それは、言うまでもなく、ルミナスとレベッカだった。そのうち、レベッカの方は、シルバーブレッドを、空に向けて構えている。
殺界は、形のある物体を破壊する能力。水や空気のような、形の無い流動的なものを破壊することは不可能だ。
「無理だぜレベッカ。俺にも赤い光が見えないんだ。空気を破壊するのは無理だ」
仁の両足が、地面に埋もれて行った。まるで杭を上からトンカチで打たれたような気分だった。
レベッカは仁の方を見て、眼で何かを訴えていた。彼女は何かを狙っている。仁はそれを見て、空気の玉に視線を移した。
「まさか」
仁は気付いた。レベッカの思惑に。彼女は自分よりも遥かに気丈だったのだ。彼女のシルバーブレッドの的は、空気の玉では無い。寧ろ、その先にある者を狙っていた。
「マジでやる気だな。レベッカ。今言うのもロマンに欠けるが、お前は最高の女だ」
シルバーブレッドの弾丸が、空気の玉に向かって放たれた。空気の厚い膜を突き破り、そのまま貫通すると、ギースの右肩にある、赤い光、つまり彼の右肩の壊れ行く場所に命中したのだった。
「がはあああ」
ギースの右肩が青白い煙に巻かれて、虚空に消えた。その瞬間、空気の玉が一瞬弱まった。仁はそれを見逃さない。彼は渾身の力を両手に集めて、玉を思い切り、空に向かって押した。
「これで最後だ」
「うああああ、貴様」
空気の玉が仁の両手を離れた。そして、空にいるギース目掛けて飛んで行った。
「こんなもの」
ギースはそれを受け止めようとしたが、右肩を失った今、抵抗する力が残っているはずも無い。彼の体に、空気の玉は炸裂し、彼の体をさらに上へと押し上げた。
「ぐああああ、この蛆虫がぁ。蛆虫、蛆虫、蛆虫、蛆虫。よくも俺にこんな屈辱を」
ギースの体は大気圏を越えて、さらに上空へと突き上げられて行った。