ファイナルラウンドその2
ギースは地面を這いずりながら、仁から尚も逃れようとしていた。
「悪いが、逃がすわけにはいかないな」
仁は立ち上がろうとするギースの顔面に、強烈なストレートを喰らわせた。その瞬間、ギースの瞳が光を取り戻した。
「甘いぞ。だから貴様はガキなのだ」
ギースは殴られるよりも早く、地面を思い切り靴底で蹴り上げた。その瞬間、まるでジェット噴射のように、ギースの体が背後に勢いよく飛んで行った。彼は足の裏に掛かる運動エネルギーを、ジャッジメントで弾いて、反動をバネのように利用したのだ。
「こんな傷、生命エキスさえ手に入れば、何の問題も無いわ」
ギースは、先程仁の突っ込んだガラスから、骨董品店の中に入って行った。そしてフラフラとカウンターにもたれ掛かると、テーブルにあるベルを乱暴の叩いた。
「はいはい、只今」
年老いた店の主人が出て来ると同時に、ギースは彼に襲い掛かり、その首筋に噛み付いた。
「はああ・・・・。何とか助かったぞ・・・・」
ギースは主人から養分を吸い尽くすと、自分の脇腹に触れようとした。しかし空気を掴むばかりで、触ることができない。恐るべきことに生命エキスを吸っても、焼失した脇腹の部分は再生していなかったのだ。
(何ということだ。奴の言ったことは本当だった。奴の能力で破壊された部位は、二度と戻って来ないらしい。ならば、最後の手段だ)
ギースは店から飛び出すと、空を飛んで、ある人物のいる場所を目指した、その人物は、ルミナスの治療を終えて、路地裏から丁度出て来ていた。
「あ・・・・」
ジャンヌが空を見上げると、黒い影が彼女の前に現れて、彼女をあっという間に抑え付けてしまった。
「ジャンヌよ。貴様には私の駒になってもらうぞ」
「駒ですって・・・・?」
「見ろよ・・・・」
ギースの指した方向には、こちらに向かってゆっくりと歩いて来る仁の姿が確認できた。
「おい、随分とセコイ野郎だな」
「フフフ、何とでも言え。私は生き延びねばならないからな」
「うう、ジン。私に構わず闘ってください」
ジャンヌは背後から羽交い絞めにされた状態で、眼に涙を溜めて必死に叫んでいた。
「泣けるじゃないか。ジンよ。どうする?」
「テメーだけはマジで許さねえ」
「私とて貴様を許す気など毛頭無い」
「ジン・・・・」
ジャンヌは眼を瞑ると、何かを小声でブツブツと唱え始めた。
「おい、ジャンヌ。どうした」
「ジン、私は足手纏いにはなりませんよ」
ジャンヌの体が赤く発光し始めた。何かの魔法を唱えようとしているらしい。そしてそれは、雰囲気から察するに、自分の命を犠牲にして発動するタイプだと思われた。
「ちっ、つまらん女だ」
ギースはジャンヌを突き飛ばすと、仰向けに倒れた彼女の襟足に指を突き刺した。
「あ・・・・」
「せめて、私の養分となるが良い」
「ああ・・・・ジン」
ジャンヌの体が水気を失って干乾びていった。ギースは全てを吸い尽くすと、彼女から手を引き抜いた。
「少しは役に立ったな」
「野郎・・・・」
仁は歯を強く噛みしめると、ゆっくりとギースとの間合いを詰めようとした。
「もう飽きた。貴様はここで死ね」
ギースが仁に拳を振り上げたその時、突然、彼の体がバランスを崩し、地面の上に倒れてしまった。
「な、何だおかしいな・・・・」
ギースは気を取り直して、地面に手を突きながら立ち上がろうとすると、またも、今度は足から崩れ落ちた。
「馬鹿な。力が入らん。ま、まさか・・・・」
「ジャンヌのおかげか」
ジャンヌは人間として転生したとはいえ、元々は光の神々である。闇の魔族であるギースにとっては、彼女の養分は猛毒だったに違いない。仁はそう推理を立てていた。対するギースも、同じ結論に至っていたのだった。
「ジャンヌめ。ああ・・・・。最後の最後でよくも・・・・」
ギースの体に血管が浮かび上がった。彼の碧眼は真っ赤に充血している。闘いに決着が着いた。少なくとも、この時の仁にはそう思えた。